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【ハッピーちゃん】自然で自由な状態に戻ろう!もともと「ある」が前提

HAPPYさんこと、竹腰紗智(前田紗智)さんがお話していた内容を文字起こししています。

HAPPYさんは、2014年からエイブラハムの引き寄せの法則を自らの人生で実験し、自分を生きることの大切さを伝え続けています。

壮絶な生い立ちやいじめられた経験などで自分に自信のない状態から、どうやって満たされた人生に変わっていったのか、詳しく具体的にシェアしてくれています。

出版されている本を読むと、さらに具体的な実践方法を知ることができますよ!

今回は、2020年10月16日のお話し内容です。

この記事の内容は、HAPPYさんの愛の計らいによって著作権フリーとなっているため、共有させて頂いております。

目次

【ハッピーちゃん】自然で自由な状態に戻ろう!もともと「ある」が前提

気分の悪さを感じたら、最高に転じれるっていうのが分かってるから。
後で何が起きたって、もう大丈夫って感じです、本当に。

「何だったらいいんだろう?」みたいな。
いつだって、それを考えることができるわけで。

「嫌だ」と思った時に「じゃあ、どうだったらいいの?」っていう、癖から始めていこうよ。
「嫌だ」って文句が出た時に「だったら何が良かったの?」って、自分に聞いてあげようよ。

私はね、いろんなことで望んできましたよ。
例えばざっくりのところで言うと、一番最初はやっぱりお金に対して。
「自分はいつだって貧乏」「私ってお金ないキャラ」みたいなのを、売りにしてたんで。

こんな私がもし大金とか稼げちゃうような日が来たら、有無を言わせないだろうっていう自信があるぐらい、私って貧乏キャラだったんですよ。
もうマジで。

その時に「これ結構、根強いな」と思って。
なぜなら私、屋根裏出身だから。

「お金がなくても生きていける」は、あるんだけど。
お金がなくたって生きてはこれたから、あんまりお金がなくなる不安はないんですけど。

「お金を増やせる」とか「自分がお金をたくさん持ってる」とか「お金を回せる」とか、そういう概念は難しかったんですよね。
なぜなら、いつだってないから。

それで最初「お金の囚われから、マジで抜け出したい」と思って。
そうなった時に、私、昔、日経ウーマンがめっちゃ好きだったんですよね。

日経ウーマンとか、アンドガールだったっけな。
自分の世代の雑誌を買っては、みんなの貯金とか収入とか、ああいうのをめっちゃ読んでたんよ。

読んで何を思うかって言ったら「やっぱり私って、平均より全然ダメだ」って。
毎回嫌な気分になるのに気になって見ちゃうみたいな、訳の分からないことをしてて。


嫌な気分になる上に、そのデータを見れば見るほど「私の年代のマックスって、このぐらいなんだ」みたいな。

マックスでこれだから、学歴高くて何かができる人がそのぐらいの収入のわけだから、私って全然そんなのないから、もともと平均以下なのに何もないから「もうますます無理だ」みたいな。

お陰さんで、エイブラハムに出会ったことで目が覚めてね。
「ちょっと待って、私この枠組みの意識の中にもういたくない」と思った。

すごい強烈に「お金が欲しい」とかそういうものの前に、「もうこの気分の悪い概念の中にいたくない」って、すごい強烈に思った。
だから「解放されたい」と思った。

「何歳だからいくら」とか「〇〇をやってたからいくら」とか、「そんなものの中にもういたくない」と思ったわけよ。
だからすごい強烈な望みでしたね、あれは。

もう集合的な意識が持ってるお金の概念から、マジで一抜けたいと思った。
実際に望みが出て、結局どうなりたかったかって言ったら、自由を感じたかった。

そういう囚われた中の、自分の能力とか自分の才能とか自分の出来る事っていうのを、もう探したくないって。
そうなったら結局、その後は雑誌を読まなくなっちゃったね。

雑誌を読まなくなって、望みを放ってた。
動いてたら、気づいたら全然それがなくなってた。

あんなに気にしてたのに。
何十代でいくらで、そのいくらのマックスは〇〇ができる人の資格で、学歴で、とか。

すごい自分の頭の中にあったのに。
全然もうなくなってるって、ある時から分かったわけですよね。

変わってる、みたいな。
あれって望んだからですね。

あと時間。
時間の概念から抜けるのが、ものすごい大変だった。

イベントをやってたから、曜日もあったね。
曜日の概念に、窮屈さを感じることもあって。

私もともとウェディングプランナーだったから、人が来やすいのって土日、みたいなのとか。
普通の人より、結構強かったんですよね。

イベントは絶対、やっぱり土日だよね、みたいな。
でもさ、会場は土日空いてるとは限らないわけじゃない?

そうなると毎回この土日トラップの概念が、自分の窮屈さを感じさせてたんだよ。
これも「嫌だ」ってある時に思った。

「もう曜日とか関係なく、自分の何にも関係なく、気にせずにやりたい」って望んだ。
そしたらもう、今は抜けてますね。

あと「時間に追われる」っていう言葉って、本当に的確だなと思うんだけど。
いつも後ろから、時間に追いかけられてる感じがしてたんですよ。
もう常に常に。

昔は腕時計もしてたし、「早く、早く行かなきゃ」みたいな。
ある時それがもう、苦痛になりすぎた時があって。
「ほんと嫌だ」みたいな。

「時間を制したい」と思った。
「時間の概念を抜けたい」っていうのと、「時間、時計を制するものでありたい」みたいなことを思いましたね。

望みました。
お陰様で今、時間に追われるっていうことはないですね。

こうやって、自分の真ん中の真の自由に向けてどんどん「どうやったら自分の内側が軽くなるのか、開放感を感じれるか、自由を感じれるか」っていうのを、問いてきましたね、自分に。

こうやって集合意識から抜けていった先が、今ですね。
毎回ちゃんと望んでるんですよ、こうやって。

毎回「嫌だ」っていう気持ちが強くなって、望んでます。
「こんなの嫌だ」「私はこうがいい」って。

そう、私たちの基盤って自由なんですよね。
ソースの定位置っていうのが、自由っていう場所にあるから。


自由を感じた時、そして選択ができる、選べるっていうソースの定位置に着いた時に、ものすごい幸せを感じる。

たとえ状況が変わっていなくても、目の前が何も変わってなくても、いきなり視界が明るくなって、はぁ〜っていうバイブレーションに包まれるのを、人は至福とか幸せって呼ぶんですよね。

なんで、ハッピーちゃんが望むと叶うんだろう?

抵抗してないからです。


何回かこの話してますけど、「ある」っていうのが前提なんですよ。
正常が自然な状態なんですよ。

でもこれの前提が、「何かが欠けているから直そう」「何かが間違ってるから正そう」「魅力がないからつけたそう」みたいな概念で動くと、プラスの発想じゃない?これって。

足りないから補って、プラスにしていくっていう発想なんだけど。
びっくりですよ、逆ですから。

真逆なの。
もともと持っているし、全部あるし、パーフェクトなのに。
そうなっていないのは、何かを自分で邪魔しているっていう。

これが、エゴキンマンの存在なんですけど。

だから、ゴミを取り除いたら綺麗になるっていう感覚です。

あるのが自然。
あるのが正常。


だから「付け足す」「増やす」「プラスにする」っていう発想が、そもそも間違ってる。
自分の才能が発揮できていないんだったら、自分の能力が出ていないんだったら、何か自分で抵抗しているからそれが出てないだけだから。

ちょっとしたホコリとかゴミを掃除するだけで綺麗になるから、元通りって感じですね。
そうですね、排水溝の詰まりを取るみたいな感じですね。

排水溝にゴミが詰まってるだけなのに「排水溝をグレードアップしたらいい」とか「水を綺麗に流したらいいんじゃないか」とか、それはプラスの発想ですね。
「いやいやゴミが詰まってるだけだから、取ればいいだけなんだけど」みたいな感じ。

皆さんこの輪を広げていきましょう、是非。

あなたの大事な人や周りの人がね、文句や「嫌だ嫌だ」って言ってるのを聞いた時。
もちろん話を聞くだけですっきりするパターンもあるし、共感するっていうことで心が癒えたりするけど。

一言「何だったらもっと良かった?」って聞いてあげる癖をね、つけていきましょう。
「どうだったらよかったのかな?」「何だったら最高だった?」
っていう。

それをもっと、習慣化してもいいんじゃないかなと思ってるよ。


じゃあ例えば「こういうことやりたい」とか「彼女欲しい」ってなったら、「どういう感じの人がいいの?」とか「どういうところでデートできたら最高?」とか。
うざくならない程度に「何だったら最高?」ぐらいの質問で、いいと思うんだけど。

人に聞く癖も自分に聞く癖もできたら、もうこっちのもんですよ。
だって「じゃあどうしたい?」がすぐ分かったら、無敵ですね。

そうですね、もし自分に子供がいるんだったら、それを相当質問すると思います。
その質問が自分にできるように、唯一私、自分ができる教育ってそれかな、と。

「自分であとは決めなさい」「自分で選ぶことができるから自分で選びなさい」って。
それで「その選択をして決断したことは、自分の人生のことだから自分で責任を持つんだよ」っていう。

そのことだけを教えるかな。
それが教育かな、と思いますね。

なんか嫌なことがあったら「だったら自分はもっとこうがいいな」って、望みが隠れてるから。
その時「じゃああなたはどうしたいの?」って、自分に聞いてあげる癖をつける。

先に地球人に来た者として、詳しいことを教育するって、あんまりできないんじゃないかと思ってて。
2つか3つじゃないですかね。
生きていく上で必要な哲学の核の3つぐらいだけ渡せれば、それで十分教育じゃないかな、と。

そうそう。
文句と「嫌だ」を言うことに、慣れすぎてるんですよね。

文句と「嫌だ」は散々言って、全然間違いじゃないんだけど。
せっかくその裏に最高のあなたになるエッセンスが隠れてるのに、そっちを見ようよっていう。

ハッピーちゃんの話がおとぎ話じゃないって、信じられるようになりそう。

私、全然ファンタジーの人じゃないですからね。
いや、頭の中はファンタジーですけど。

すごいちゃんと、リアルを生きてますよ。
見て頂ければ分かると思いますけど。

めちゃくちゃリアリティを生きてます。
ただ頭の中がファンタジーなだけで。

がっつり、ゾルバだよね。

そうですね、欲深く、めちゃくちゃいろんなことを望んでますけど。

でも、ブッダですね。

ゾルバに振り切ると、それはそれでソースとの断絶の時間が長くなったりするんで。
行動行動、3次元3次元、みたいな。

望みの抽出で具現化はしていくんだけど、一番大事なのは今を味わうことっていう。


名古屋のミュージカルも、超最悪な出来事が起きたんですよ。
だから中心メンバーが必死になって望み直して、やってるところなんですけど。

当の本人たちからしたら、「超最悪な出来事」みたいなことが起きてるんですよね。

いいですよね。
5%で見た時に「これをやって何かに繋がる」とかないし、イベント事とかこういうエンタメって、本当に利益が出ないんで。

「お金が貰える」とかないけど、こういうことをやることで途中でいろんな出来事があって。
普段感じなくてもいいような感情の揺さぶられみたいなのから、本来の自分にどんどん戻っていくっていうプロセスが入るんで。

これが一番、尊いんですよね。
あなたが手にする一番尊きものは、結局それなんですよ。

その挑戦の先に待っているものっていうのは、「最高な自分」「何かができるんだ」っていう自分とかではなくて。

そのプロセスの中で自分を知って、自分思い出していくっていう。
それが起きるから尊い。

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