【ハッピーちゃん】焦点の当て方を工夫して幸せの流れに乗ろう!

HAPPYさんこと、竹腰紗智(前田紗智)さんがお話していた内容を文字起こししています。

心が苦しくなった時や辛い現実を変えたいと思った時に、スッと気持ちが楽になると思いますので、ぜひ読んでみてくださいね。

今回は、2020年3月17日のお話し内容です。

この記事の内容は、HAPPYさんの愛の計らいによって著作権フリーとなっているため、共有させて頂いております。

目次

【ハッピーちゃん】焦点の当て方を工夫して幸せの流れに乗ろう!

いいよね、自分の素敵なところにフォーカスをするって。

このフォーカスですね。
嫌だなって思うところにフォーカスしたらそこばっかり見えてくるし、自分の素敵だなって思うところにフォーカスしたらそればっかりしか見えてこない。

もう本当、そんなもんなんですよね。

気分良くない?
自分の良いところにフォーカスするのって。
あと、人が自分の良いところにフォーカスをしてる様も、気分が良いよね。

これも慣れですね。
最初はどうしても人から「いいね」って言われるような部分が、自分の素敵なところっていう認識が多いんですよね。
人に「素敵」って言ってもらいやすい部分っていうか。

例えば「笑顔がいい」とか「〇〇ができる」とかっていう内容だと、人から「いいね」って言ってもらえる。
そういうところが自分にとって素敵なところって、なりがちなんだけど。

慣れてくると何が起きるかって言ったら、自分が嫌だなって思っている部分すら「いいね」が付き始めるんですよ、自分に。

例えばだけど分かりやすい例で言うと、私は「音程ずれてるよね、歌うまくないよね」って言われてるから。
私にとってそれは昔は嫌な部分であり、素敵な部分ではなかったんですけど。

今は私の個性を彩る中でかなり前面に出てるのが、半音ずれてる、音程を取れない歌い方なんですよ。
私にとっては。

「私の素敵なところってどこですか?」って言ったら、私、結構そこを上位に上げるんですよね、今。
「絶対に、ビブラートとかで一生歌えるようになりたくない」とまで、今は思ってます。

「この歌い方の感じを私から奪わないで」っていうぐらい、私にとっては今素敵なところになっちゃったんですよ。
でもじゃあ、一般的にうまいかって言ったら全然うまくないし、下手だって言われる部類なので。

昔はやっぱり、そうやってみんなに言われてて、自分にとっても嫌な部分だったんですよ。
だから直したかったんだけど。

それが今は、私を彩る色が付いた部分なんですよね
そうなってくる。


まずは人から「いいね」って言われる部分でいいから、自分の良いところにばっかりフォーカスをして。
とにかく長所とか得意なところを伸ばしていく


そうすると自分が蓋して、他人からも「あんまりだね」って言われてた部分すら、良く見えてくる。
っていうか、そこが自分の売りだったんだっていう。

闇も全部、スポットライトを当て始めちゃうみたいな、自分でね。
そんな感じになってきます。

みんな人気を出したいわけでしょ?
ユーチューバーだったら「YouTubeのチャンネル登録数を増やしたい」って、今やってたとしてさ。

「数字ガタ落ちしてます」「人気落ちました」とかって書く人って、あんまりいないと思うんよ。
私はそういう事を、めちゃくちゃニヤついて書いてるんですよね。

「オイシイ」っていう。
人から「いいね」って言われるような部分ではないし、人が嫌う部分だよね。

「そうなりたくない」って思ってるから、みんな。
でもスポットライトがそういう闇の部分にまで自分に当てられ始めると、そっちの方がエッジが効いてるから面白いっていう。

もう「オイシイ記事がまた書けちゃう」って思いながら、書いてるんですよ。
そしたら、書き終わったらすごい気分が良くて。

だから最初は、人から見て「素敵だな」って言われやすいところでいいから、まず素敵なところだけにフォーカスを当てて。
その後訓練が上手になってきたら、「自分が嫌だなって思ってるところって、本当に嫌な部分なのかな?」っていう。

「もしかしたらとてつもなく、私の個性かもしれない」っていう見方ができると、いいですよね。
たくさんの人がもう気付いてらっしゃると思うんですけど、自分だけが悩んでる悩みってないから。

大概似たような感じで、みんなが悩んでるんですよ。
っていうことは、悩みとか問題と思っている部分を自分の世界にバッて出しちゃうと、いっぱいそういう人がいるから。

それこそ今回の「人気が落ちた」っていう私の事で、みんなが数字を気にしてるから一石を投じれたよね。
たぶんそれできっと、頭抱えてる人が多いだろうから、今。

フォーカスなんですよ。
結局、何かしらに焦点を当てるだけですよね。

何かに焦点を当てているから、それっていう現実を体験している。
フォーカス、何に焦点を当てるか。

だから焦点が当たってないものは認識ができていないから、あなたの世界には存在していないのと同然なんですよね。
あなたが何かに焦点フォーカスを当てた瞬間に、あなたの世界でその命が芽生えるわけですよ。

もののけ姫の「おこと主様」みたいな感じ。
触れれば命が吹き返って、そして触れれば命を奪い取る。

どっちもできるわけですよね。
死の世界にするか天国の世界にするか、自分のフォーカス次第で。
そのパワーを持ってるわけですね。


フォーカスしたものがただ目の前に現れて、あなたが体験してるだけ。
じゃああなたが今人間というものをやっていて、そしてあなたという人間が意識を向けてフォーカスを当てて、それが現実として今体験をしている。

っていうか、それができてるってことですよね。
あなたがフォーカスをするから、その体験がなり得てる。

じゃあ人間としての今、時間軸で話させてもらいます。
人間としてあなたが今存在している、もっと前。

それこそソースそのものだけの状態だった時、あなたはそこでフォーカスをしたわけですね。
源の意識のソースの視点で。

そこからあなたは、フォーカスをしたわけですよ。
そしてそのフォーカスしたものに、命を宿したんですよね。
それが今のあなたですよ。


もう一度整理しますよ。

今の人間の私がフォーカスをしているものが、現実として体験できている。
要は、フォーカスしたものに命が与えられてるわけですね。

だからリアルに生々しく、体験ができる。
じゃあ今は人間になってフォーカスをしているけど、ソースだった時にフォーカスをしていたものは何だったか。

はい、人間の私ですよ。
ソースの私が人間の私っていうものにフォーカスをしたから、今、人間の私が出来上がってるわけですよ。

っていうことはそもそも私っていうこの存在は、ソースがフォーカスをしているから出来上がったっていうことですからね。

これと同じ原理です。

ソースっていうあなたが、命を宿そうとフォーカスをした。
そして出来上がったのが、今の私っていう人間です。


それで人間の私が、今度は現実っていうものに何かしらフォーカスを当てて命を与えて、体験というものをしています。

では、こういうことです。

人間の私って、フォーカスを当てられてる側ですよね。
ソースからフォーカスが当たって意識が集中されたから、人間の私って命が今こうやってなり得てるわけなんですけど。

ソースのフォーカスの仕方がそもそも、闇だろうと光だろうと自分の部分にジャッジメントなく、全てにスポットライトを当ててるわけですよ。

ソースは私という人間のこの状態に良い悪い善悪の判断が何もなく、全て輝かしいスポットライトでいつも照らしてるわけですよ。

それこそ赤ちゃんとか動物に向けるような眼差しも、「可愛い」「最高」っていう、エネルギー的にそんな感じで無条件の愛ですよ。

何をやってても何もやっていなくても、何だろうと最高っていう。
「最高」の言葉すら当てはまらないぐらい、もう素晴らしいもの。

そういうフォーカスのされ方をしてるわけ、いつも。
ソースの意識はいつも人間の私に全部にスポットライトを当てて、無条件の愛っていうフォーカスに入ってる。

これが1個目のフォーカスですよね。
そこからですよ。

じゃあソースからフォーカスを当てられている私がいて、全部にスポットライトが当たってて。
「素晴らしい」ってスタンディングオベーションな状態でフォーカスをされている私が、人間の現状っていうものにフォーカスが入った時。

分かりやすく、真逆にしてみようかな。

「この世界は最悪だ」「狂ってる」そして「私自身も最低だ」っていう、フォーカスの仕方をしてたら。
第一段階でソースからフォーカスが自分に当たってて、何に関してもスポットライトが当たって、輝かしい無条件の愛なのに対して。

人間の私のフォーカスが「現実」っていうものや「世界と私」に対して、「最低」っていうものだった場合。

分かります?
すごく、ずれてますよね。

ソースから私にフォーカスが入ってるのは、無条件の愛で、素晴らしくて、何もかもが輝かしい。
なのに人間の私が現実に対してフォーカスを当てるものが、「最低」「最悪」「自己否定」。

フォーカス先がずれてますよね、思いっきり。
このフォーカスのずれっぷりが、気分の悪さですね。

その歪みとかねじれが、気分の悪さです。
もっと行くと、分離してるので、とてつもなく孤独感を感じますね。

じゃあこれが、1個目のフォーカス。
ソースが私にしているフォーカス。

無条件の愛っていうフォーカスの仕方をされていて、人間の私も自分に対して無条件の愛でフォーカスができていた場合。

分かります?
1個目で発生した意識のフォーカスと、人間で発生してる意識のフォーカス先が、全く一緒ですよね。

要は、エネルギーの一直線上ができてるんですよ。
同じ方向を向いてる。


だから気分が良いんですよ。
同じ方向を向いてるから。


この時が「ボルテックスに入ってる」っていう状態ですね。
これを人間は「気分の良さ」とか「幸せを感じる」という、言い方をしますね。

そうです。
これがウェルビーイングですね。

もう1回戻りますよ。
第一発生された、人間の私に当たっているソースからのフォーカスが、無条件の愛。

なのに第2発生の、私の人間的な意識が現実に向けられている、あと自分の存在に対して向けられてる意識が、条件付きの「成功しないとダメだ」「みんなから認められないとダメだ」「評価されない」「この世界は腐ってる」とかっていう、ものの見方をしていた場合。

第1発生してる源からのフォーカスと、第2発生で人間的に発生したその意識が、真逆を向いているから。
この引き裂かれるエネルギーが、苦しみ。

グーッて引っ張り合いっこ。
アクセルとブレーキって一緒に踏んだら、ショートするじゃん。
あんな感じ。

でも同じ方向を向ければ。
ソースのフォーカス先と自分のフォーカス先が一直線上に向いていれば、エネルギーがスーッて行くんですよね。

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