【ハッピーちゃん】他人を健全に心から応援できるようになるには

HAPPYさんこと、竹腰紗智(前田紗智)さんがお話していた内容を文字起こししています。

心が苦しくなった時や辛い現実を変えたいと思った時に、スッと気持ちが楽になると思いますので、ぜひ読んでみてくださいね。

今回は、2020年6月27日のお話し内容です。

この記事の内容は、HAPPYさんの愛の計らいによって著作権フリーとなっているため、共有させて頂いております。

目次

【ハッピーちゃん】他人を健全に心から応援できるようになるには

感度が上がってきて「あぁ、もう最高!」ってなってるのに、何か不協音が鳴っているものがあるのなら、それ、よく見てください。

とうの昔に手放したいと思っていたものじゃないですか?って。
それが結構何年も積み重なっていませんか?っていう点で、見てください。

それを今すぐ手放すとかっていう話ではなくて、蓋をしないで「あ、もうとっくの昔に自分はこれを嫌だと思ってたし、手放したいと思ってたんだ」っていうのに、まず気づいてあげてください。

人間の視点や物質世界の視点で考えたら、「会社の評価が下がってクビになりそう」とか、めちゃくちゃ最悪だけど。
NO、NO、NO、NO、NO、NO、ですよ。

今までは鞭打たれてても、感度が鈍いから。
感じれない女だから、感じれてなかったんですよ。

それが「あぁ、幸せ」とか「ありがとう!」とかって湧き始めて感度が上がってきたから、人からちょっと手を触れたぐらいで「触られた」とか、感じれるようになったってことですよ。

そしたら人から鞭打たれたりしたら、「は!?」てなるじゃないですか。
「いってーよ!」みたいな。
今まで「いってーよ!」も思えてなかったってことですね。

だからね、私のような講師みたいなことをやっているポジションの人って、マジで結構危ういんですよ。

何かって言ったら、何か人に教えたり伝えたりしてると、まぁ私の場合キャラクターもこんな感じなんで言われたこともないけど、先生みたいなポジションになるんですよね。

そうするといきなり「蝶よ花よ」と、もてはやされ始めるっていうか。
「すごいですね、先生」みたいに言われるとさ、結局居心地が良いわけですよ。

更に慕ってくれる人がいる。
そして自分の好きなことを話して「先生」って言われて。

更にお金も回るってなったら、何か新しいことをやろうと思います?
わざわざ敢えて。
結構ね、ここのポジションの人って本当に気をつけないと、居心地が良いからそのまま行きがちなんですよね。


でも深いところでは、当たり前だけど魂はそんなことを望んでない。
もっとどんどん新しいことやって色んなことを感じたい、冒険したいと思ってるのに。

そこの環境が良すぎると、そこで留まるっていうことをするから。
ソースは当たり前だけど、そこにずっと冒険もしないで、ぬるま湯で同じ場所でっていうのを望んでないから。

何をするかって言ったら「あ、飽き始めた」みたいな感覚とか、色々渡してくれるわけ。

それで「飽き始めた」っていう感覚が来てるけど、それでもその場所が気持ちが良かったりすると、怖いことなんてチャレンジしたくないからまだそこにいる、みたいな。

そうするとだんだん、人気とか数字が下がってきたりするんですよね、顕著に。
それで「もっともっと頑張らないと」みたいな、「コンテンツを良くして」とかってやり始めるんだけど。

結局また当たり前だけど、そこで数字を上げることをソースは望んでなんてないから。

私はこれね、結構初めの段階で気付いたんで。
だから自分の感覚で微細なものを無視すると、だんだんそれが痛みに変わるって分かってるから。

もうやらない方が怖いね。
やらない方が怖い。


例えばですけど、ある日パッて目に入ってきたYouTubeがあって、めっちゃぶりっ子してたんですよ、そいつが。
自分の感情の動きを見たら、「キモっ」「ぶりっ子しすぎやろ」「やりすぎやろ」みたいな。

自分の中からその人に対して、批判的な声が出てきたんですよね。
「あれ?」と思って。

だって、どうでもよかったら気にもしないはずなのに批判的な感情まで出るってことは、これ、相当自分が反応を起こしてるわけだから。

「あ、これたぶん自分が今やりたいとも思えてないけど、やるやつなんだろうな」って見たんですよ、ちゃんと。
そしたらさ、気づいたら数ヶ月後に自分が、そのぶりっ子アイドルをやってるじゃないですか。

あの時にちゃんと、自分の中に潜ってみたんですよね。
「あ、これきっと、今はキャッチできてないけど自分がやるやつだし、やりたいって本当は思ってるものなんだろうな」
って。

人に対してあまりにも極端な反応が出たから、ちゃんと自分で見てたんですよ。

今、ライバーでアイドルをやってるじゃないですか。

じゃああの時、ただの批判野郎で終わってた場合。
「キモッ」みたいなので。

別に誰にも言わないと思うけど、そんなこと。
でも、自分を見るのって結構怖いからさ。
「そんなこと思ってんだ」みたいなのを見ずに終わってた場合、気づいてもないから。

じゃあこの数ヶ月経った時にね、たぶんHTL(ハッピーちゃんのコミュニティ)のメンバーの誰かが、めちゃくちゃぶりっ子でアイドルをやり始めたりするわけですよ。

それでももう「自分がやりたいと思ってるんだ」みたいなことを見れなかったりすると、怖いことが起きますよね。

そのHTLの人がぶりっ子をやり始めてさ、嫉妬に変わるでしょ?
当たり前だけど。

だから私はね、他人を健全に心から応援できる自分でありたいという、本当に強い望みがあるので。
だからそのために、まずはちゃんと自分のことを見てないと。

本当にね、人に嫉妬し始めたら結局さ、潰しにかかってしまうじゃん。
変な方向に行くと、その力が。

だから、健全な自分でありたいんですよね。
他人のことを心から応援できる自分であるっていうのは、自分の望みを徹底的に自分で見て動いてるっていう状況だから、それをやってるんですよね。

さっきのぶりっ子の人に、私が批判的な感情を抱いたっていう話をすると、YouTubeですごいぶりっ子のキャラクターの人が、目に入ってきたんですよ。

それに対して普通は別に何も思わないはずなのに、私は「うわ、キモッ」「やりすぎやろ、ぶりっ子」って、拒絶反応というか、批判的な思いが湧いたわけですね。

こんなに反応するってことは、自分のかけらがそこにあるから反応してるわけで。
当時を振り返ると、その時はそこまで分かってないんですよ。
自分で気づいた直後は、大体分からないものなので。

1ヶ月経ってみたらやっぱり、そこまで振り切れない自分がいるから。
「やってみたいな」と思いつつも振り切れない自分がいるから、やれている人に対して嫉妬が湧いて批判的になる。

最初のうちってやっぱり、自分のそういうのを見るのって痛くない?
まず嫉妬の感情を見るのって、痛みがやっぱり最初に出るっていうかさ。

結局、こういう構図だと思うんだけど。
自分が負けてる感じに思うんだよね。

負けてる感じ。
負けてる感じがあるから、自分のそれを認めちゃったら負けてる感じがある上に、価値が下がっちゃうみたいな。

これ以上価値が下がっちゃったらまずいから、あんまり直視したくないんだよね。
もう今私はさ、扱い方が分かってるから。

嫉妬って何なのかとか、扱い方がもう手に取るようにも分かるから、何にも思わないけど。
やっぱり最初の頃は痛みをね、見たくない。

だからどうなるかって言うと、そいつをマウント取ることで自分を保ちたい、みたいな。
「キモい」とかって心の中であざ笑いながら、マウント取りたい、みたいな。

それがもっと酷くなると、直接的に本人に言ったり。
批判的に「え、キモいんですけど」みたいなのとか。

あと周りの人に印象操作とか。
「なんかぶりっ子して、キモいよね〜」みたいな。
そんな風なことを始め出すんだよね、心の動き的に。

刺さりすぎて痛い。

みんな一緒だから。
ちゃんと見ていこう、これ。
逃げちゃダメなんだよ、これは。

マウント取るのって、安心したいんですよ、自分が。
自分の存在価値は大丈夫だって思いたい。


でもまずは、とっとと負けた方がいいね。
とっとと、まず負ける。

負けるってことは、価値が下がることじゃないから。
だってその人、自分がやれてないことをやってるんだもん。
すごいよ。

それで、素直に認めるの。
やりたいって思ってることだから、それ。
深いところで。

じゃなきゃ反応は起きないのよ、本当に。
負けることは、価値が下がることじゃないですよ、全然。

自分のために負けるんです。
自分のためですよ。
自分の繁栄のために。


「やりたい」っていうのを認めたくないんよ。
だって「どうせできない」って思ってるから。


だからその憤りのない気持ちを、相手にマウント取ることで散らしてるっていうか。
結局それも本当の自分から目を背けてるだけだから、どんどんどんどんこじれますね。


マウントの取り方も色々あると思う。
自分の心の中でのマウントの取り方と、人に言って印象操作しながら、本当に実害的にマウントを取りに行ったりとか。

もしくはもっと酷くなると、本当に批判ですね。
それこそ2チャンネルとか。

2チャンネルはまだいいね。
2チャンネル内でやってるだけだから。

本人のところに行って、何かやったりとか。
自分が見たくないから散らしてるんだよね。

できないと思ってるだけで、できるから反応するんじゃないの?

そうですよ。
嫉妬っていうのは何かって言ったら、自分に力がなくてその人には力があって、自分はできないのにその人はできるものを持ってると思い込んでるが故に起きる反応なんですよ。

だから前に話した、考える道具の使い方で言うと、間違った使い方だよね。

だって、自分にもできるんだもん。
そのパワーがあるわけだから、同じように。


それを、間違った道具の使い方をしてるから。
自分にはそれができなくてパワーがないのに、相手ができるから恨めしいって感じ。
どっちかって言ったら、嫉妬の中でも「恨めしい」っていう感情。

考える道具を健全に使う場合は、相手ができていることは自分にもパワーがあってできることだから「あ、それいいな」ってなるんですよ。

「それいいな〜」っていう。
ただの「いいな〜」っていう感じ。


自分のかけらがないものに、感情的な反応は起きないんですよ。
だって必要ないことだもん。


私はそれこそ恨むたびに拡大してるし、嫉妬するたびに拡大してます。
恨みと嫉妬は、自分を見つけるすごく良い感情なんですよね。

自撮りをいっぱい上げてる可愛い子に、さらっと嫉妬してる。
そして「やりたい」と思ってる。

そう、言語化ができちゃうとね、結構あっさり気持ちはある程度楽になるんですよね。
それが言語化もできないし自分で見ようともしない時が、結構一番こじれてる時。

望みが分かることもあるし、嘘の望みが見つかることもあるかも。

こういうことですね。

あまりにも初期段階だと、自分のことを見るっていうのが、何につけても全部に嫉妬が起きると思う。
それは何かって言ったら、もう自分自身のパワーを思う存分に発揮してる人全てが対象、みたいな感じになるから。

あまりにも自分のパワーを抑え込みすぎて、そういうことが起きますね。
何もかもが恨めしい、みたいな感じ。

それは突き詰めると、その人のやってる事象とか行動ではなくて、自分を生きるパワー自体があまりにも「自分にはない」と思い込みすぎて、何でも勘でも「いいな」って思ってる、みたいな感じ。

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