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【ハッピーちゃん】思考優先の状態から感じる心を復活させるには

HAPPYさんこと、竹腰紗智(前田紗智)さんがお話していた内容を文字起こししています。

HAPPYさんは、2014年からエイブラハムの引き寄せの法則を自らの人生で実験し、自分を生きることの大切さを伝え続けています。

壮絶な生い立ちやいじめられた経験などで自分に自信のない状態から、どうやって満たされた人生に変わっていったのか、詳しく具体的にシェアしてくれています。

出版されている本を読むと、さらに具体的な実践方法を知ることができますよ!

今回は、2020年6月27日のお話し内容です。

この記事の内容は、HAPPYさんの愛の計らいによって著作権フリーとなっているため、共有させて頂いております。

目次

【ハッピーちゃん】思考優先の状態から感じる心を復活させるには

断食中にまた、例のごとく変な言葉が浮かんだんですけど。

神は人間に2つの遊び道具を与えた。
考えることと感じること。

なんかこんな言葉が、頭の中にまた入ってきたんですよ。
そうだな、と思って。

考えることと感じることっていうのが、地球で言うなら人間だけが持つ唯一の遊び道具だな、と思ったんですよね。

エイブラハムの本の中でね、こんなことが書いてあった。
すごくうる覚えだからあれなんだけど、内容は的を得てます。

動物とかっていうのは選択するっていう意志の力がなくて、ただボルテックスの中にいる状態で漂ってるっていう。
だから彼らは悩むこともないし、自分のことを傷つける否定的な思考をすることもないんですよ。

だからペット飼いたくなるでしょ?
赤ちゃんの隣にいたくなるじゃん。

赤ちゃんは最初の初期段階の設定では、感じることしかないんですね。
考えるという遊び道具をまだ持ってないんですね。

だから動物たちっていうのは、すごいソースの繋がりがプラグインされてる。
電気がきちんとコンセントに刺さってて、ソースと離れることがないんですよね。

だから秩序の中で彼らは生きてますね。
空であんなに大量に鳥が飛んでるのに、きれいに大軍が交わったりしてるじゃないですか。
美しいですよね。

あれっていうのは、リズムとバランスがソースの中で動いてるからですよね。


ちょっと自分のことなんですけど、思ったことがあります。
アイキンの娘で、4歳のあるちゃんっていう次女がいるんですよ。

今あるちゃんと私ね、たぶんまだ10回も会ってないと思うんですよ。
LINEで電話とかはもっとしてると思うけど。
4歳児に「世界で一番可愛いのは、たけちゃん(ハッピーちゃん)」って言われましたからね。

それで嬉しかったのが「ママとたけちゃんだったら、どっちが可愛いの?」「たけちゃん」
「え、じゃあ、けい君(アイキンの息子)とたけちゃんだったら?」「同じ」

私、けい君と並ばせてもらいました。
4歳児に「世界で一番可愛いのは、けい君とたけちゃん」って。
嬉しい。

嫉妬の対象だった、けい君に横並びさせていただきました。
あるちゃんはまだ感じる方が強い段階の年齢だから、エネルギーを感じてくれてるのかな、と思いますよね。

けい君と並びました。
回答者は4歳児。

でさ、私そんなことも考えずに今まで6年やってきたんだけど。
思えば最初、「考えることと感じること」っていう遊び道具をもらいました。

最初はさ、誰もが感じることからスタートするじゃん。
赤ちゃんは考えないから。

ある時から「考えること」っていう遊び道具をもらえて。
しかもそれは、動物とか赤ちゃんでは持ちえない遊び道具をもらうことで、「考えること」っていうのができるようになったんだけど。

私の個人的な使い方で言うと、今までその道具を、包丁で料理を作るより自分のことを滅多刺しにしてた、みたいな使い方をしてましたね。

だから考える遊び道具を、料理を作ったり生かす包丁的な使い方じゃなくて、自分のことを傷つける包丁の使い方をしてた。
道具の使い方を間違えてた。

傷つける思考で遊び道具を使っていたのを、途中でエイブラハムの登場により「間違ってたんだ」って気づけたわけですね。
間違ってたんだ、みたいな。

それで考えることの道具の方の使い方を、まず正常に戻しました。
要はそれは何かって言ったら、ソースの視点に自分の見方を変えていくっていうことですね。

ソースの視点から自分自身の存在を見ていく。
だから、今までとは逆でしたね。

自分の事をいかに否定して、いかに卑下して。
いかに無価値観や罪悪感を感じるのが、どっちかっていったら良いことって思ってたんで。

目に見える形ではそんなことを起きてないけど、自傷行為と一緒ですね。
自分のことを傷つけて、ナイフで切ってたみたいな感じ。

それで考えることの道具の使い方を、まず戻しました。
正常の位置に。


それと同時に、よく考えたら「感じること」っていうのを忘れてたんですよね。
忘れてたっていうか、いつの間にか使わなくなってたことに気が付いたんですよ。

最初、私も感じることからスタートして、考えることの遊び道具をもらえて。
まず考えることの遊び道具の使い方を間違ってた上に、それと同時に、感じることに蓋をしたんですね。
1個の遊び道具を使わなくしてたんですよ。

それで、エイブラハムが登場しました。
6年前に。

それで、まず考えることの道具の使い方を正常に戻したと同時に、感じることの遊び道具の方を復活させたんですよ、私。

だから両輪がうまく作動し始めたからこうなったんだっていうのが、結構うまく言語化ができるようになった。
断食中の言葉により、明確になりましたね。

感じることが大事とかっていう観点では、何か物事を今まで見てなかったんですけど。
そういえば私、マッサージに行き始めたのがかなり大きな転換点だったんですよ。

自分はね、これ真似しないでくださいね。
私はなんですよ。

マッサージ中に体から全身からほとばしる気持ちっていう、あのエネルギー。
それまでマッサージに行っても次の行動のこと考えたりとか、それこそ考えることの道具の方を自分を傷付ける行為に使ったんで。

「マッサージって気持ちいいな」みたいな言葉で誤魔化してたんですよね。
「マッサージって気持ちいいよね〜」みたいな。

それを「全身全霊でくまなく、この瞬間にフォーカスしに来ました」ってやり始めたので。
なんでそれをやり始めたかっていうと「感じることが大事なんだ」っていう観点ではなくて、私の場合は「エネルギーを出せばいいんだ」みたいな感じだった。

エイブラハムの赤本を読んで気付いたから。
エネルギーを出さなきゃいけないってことは、感じなきゃいけないでしょ?
そう、結局エネルギーを出す=感じるっていう方に、自然になってたんですよね。

私はワークショップの前とか、どれだけ遠くても安室ちゃんのライブを追っかけ回してたんですよ、当時。
安室ちゃんのライブと自分のワークショップが、前日と当日みたいなシチュエーションになることが多くて。

何でそのライブにわざわざ行ってたかって言うと、安室ちゃんに会いたいっていうよりは、ワークショップって結構大きな人数の人に自分のエネルギーを届けなきゃいけないから。

その前に自分のエネルギーのボルテージをマックスにさせるものっていったら、現実世界を見渡したときに安室ちゃんのライブだったんですよ。

だからライブに行くまでは、私の中で神社の参道みたいな。
みんながワクワクして集まってるじゃないですか、安室ちゃんのライブに。

そのエネルギーもね、もったいないぐらい感じるの。
お祭りの前みたいな楽しみ。

始まったら始まったで、眉間にシワ寄せてもうガン見。
「可愛い!」とか「音楽祭行こう!」とか、めっちゃエネルギー出してたんだけど。

「エネルギーを出すために行ってます」っていう言い方してたけど、私あれ、感じてたんですね。
結局、感じてた。


味わう、感じるっていう力を、私は「エネルギーを出す」っていう観点で自然に取り戻してたんですよね。

そうそう、プロのヘアメークさんにヘアメイクまでしてもらって、ライブとか行ってました。
自分が可愛い格好をして「最高〜!」っていう、このエネルギーを感じて。

そしてみんながワクワクして集まっているところに「最高〜!」って、またエネルギーを出しに、味わい、感じに行くっていう。

その翌日にこのマックスなエネルギーをみんなにうわ〜!って喋ってる時とか、完全に私、ゾーンに入れるんで。
また感じれる、みたいな感じだったんですよ。

そう、だから感じたらエネルギーが出るんですよ。
私の場合は、エネルギーを出すためにっていう感じでやってた。

私の場合、研究者っていう気質がかなり大きいんで、考えることに振り切りすぎるタイプだと思うんですよね。
だから考えることと感じることを復活させるには、私の場合は「エネルギーを出す」っていう言い方の方がよかったんですよ。

フィールの方が元々強かった人っていうのは、たぶん「エネルギーを出す」っていう言い方より「エネルギーを感じる」になる。

でも「エネルギーを感じる」っていうと、人のエネルギーとかにちょっとフォーカスが行きがちな気がするから。
それもちょっと気を付けてほしいな、と思うけど。

あくまで、人のエネルギーを感じなくたっていいんです。
どうでもいい、人のエネルギーなんて。

はっきり言ったら。

だってその人は、機嫌悪かったり機嫌良かったりするから。

自分のエネルギーを感じることですね。
自分の今の周波数、うわ〜っていうさ。

私も思考で理解したいタイプだった。

それは私とたぶん似てるタイプだから、エネルギーを出す、と。

「エネルギーを出せるものってなんだろう?」
要は「車輪を動かせるものってなんだろう?」って考えてください。

だったら、エネルギーを出すためにはその見つけたものを感じるっていうことをその場でしないと、たぶんエネルギーが出ないですよね。

私は腑に落ちないとね、行動に移せないタイプなんですよ、本当に。
自分が「あぁ、なるほどね」ってならないと、動けないんですよね。
頭でっかちなんで。

考えの方に結構傾き過ぎの方、理屈っぽいとか頭でっかちみたいな。
まぁ、私と似たようなタイプの人に関しては、マッサージがおすすめね。
マッサージとか、体でうわ〜!ってなれるもの。

結局、全部体で感じてはいるんだけど、ライブを見に行った体感の感じ方と、マッサージで感じる感じ方っていうのは、スモールステップとしては体に直接気持ちが良いことの方が感じやすいと思います。

それでさ、「考えることと感じること、なるほど2つの遊び道具か」って考えた時に、私はいつも自分のだけだとちょっと足りないんで、いつも「あの人どうなんだろう?」ってなる。

もう頭にすぐに思い浮かぶのが、さやちゃん(吉野紗弥佳さん)なんですよね。
そう思ったら、さやちゃんは子宮委員長やんか、と思って。


あの人は体で感じるっていうことを、徹底的にやった人だったんですよね、第一段階で。
私は、マッサージとかそういうロジカルな方で向かっていったタイプです。

私は体の感覚にダイレクトじゃなくて「あぁ、エネルギーを出せばいいんだ」っていう、理論的な方からやった。
結局はでもさやちゃんが言ってる、体で感じるっていうことを勝手に私はやってたんですよね。

結局、今この瞬間に意識を置かないといけなくなるし。
感じるっていうことは。

あと、どうしても体感覚だから。
「あぁ〜、気持ちいい」とかって、身体的なものじゃないですか。

そうすると自然に、体にも目が向くようになっちゃうんですよね。
だから私は身体的なものをダイレクトに発信はしていないけど、結果的にさやちゃんが言っていたようなことを自然にやってるんですよ。

体に勝手に目を向けてたもん、だって。
エネルギーを出すってことは、フィールを感じなきゃいけないから。

今この瞬間にいるっていうことは、考えるっていうもう1個の遊び道具を正常に使わないと駄目なんですよね。
だって自分のことを否定してたりとか未来に意識飛んでたりとかしたら、感じれないから。

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