【ハッピーちゃん】楽しそうな人のところに、才能やお金も集まる

HAPPYさんこと、竹腰紗智(前田紗智)さんがお話していた内容を文字起こししています。

心が苦しくなった時や辛い現実を変えたいと思った時に、スッと気持ちが楽になると思いますので、ぜひ読んでみてくださいね。

今回は、2020年6月8日のお話し内容です。

この記事の内容は、HAPPYさんの愛の計らいによって著作権フリーとなっているため、共有させて頂いております。

目次

【ハッピーちゃん】楽しそうな人のところに、才能やお金も集まる

エゴキンマンがやっぱ強いとさ、挑戦とかできなくなっちゃうじゃん。
だから私も文章なんて書いたことなかったしさ。

そう思ってたら、浜崎あゆみがコンビニの店員してたら本当に世の中ダメだっただろうな、と思って。
浜崎あゆみとかも「怖い怖い」って、「人に叩かれるから、もうそんなのやりたくない」って、歌手になることを諦めることだってできたわけでしょう?

「私はコンビニでバイトして、そんな人生。歌手なんてならない」とかって言ったら、あの曲は生まれなかったんだってよく思う。
そうなってたら、世界的な損失がひどいよね。

だって安室奈美恵だって、別に安室奈美恵でダンスしてなくたっていいわけじゃん。
自分で選択できる人生だから、もちろんそれでもいいんだけど。
でもあんなに人を「きゃーっ!」てさせるような人が世の中に出てこなかったら、損失だよね。

皆さん、おかげさんで、例えば私が文章を今書いてなかったらこれも世界的な損失じゃない?
今私が文章を書いていなかったら、発信をしていなかったら、結構世界的に損失じゃない?

でもそれこそ、やらない理由なんて最初たくさんあったし。
やり始めて途中でアンチに叩かれて「もうやめよう」と思ったタイミングもあったし。

真っ直ぐ自分を表すって大事ですね。
それでね、何度もこれは言ってるんだけどさ、結構自分が本当に満足するものって意外に何てことないんですよ、結構マジで。

どうしてもこれも結局、もう全部が全部エゴキンマンに行き着いちゃうんだけど。
評価をされたりとかみんなからすごいって言ってもらえるものが、自分の夢とかやりたいことにすり替えられるんですよ。

大きいと思ってるから、それ自体が。
「萎縮して動けない」になるんだけど。


本当に本当に満足するものって、あんまりそんなことじゃないんですよね。
それを置き去りにしたままその大きなものを目がけて走って、ある程度形にできたりもするんだけど、結局もらえる賞賛では満たされなくて、みたいな。

だから今、皆さんが「最初の一歩を踏み出そう」ってやってるのとかもさ。
例えば何かのデザインをしてみるっていうのだったら、デザインしても別にやってる間は何にもならないけど。
ときめくっていうことをやってる人たちがときめいてやってるから、こっちに電波が飛んでくるんだよね。

でもたぶん、こういうことをやってると「もっとこういうのをしてみよう」とか、世界が自分の中でだんだん広がって広がって、何でか知らないけど他人から褒められるようなことをやり始める。
でもそれをやろうと思ってやってるわけじゃなくて、勝手にやっちゃってる、
みたいな。

いやもう全部が「なんか知らんけど」で解決する気がする。
「なんか知らんけど気分いい」とか「なんか知らんけどこれでいい」みたいな。

好きなことが分からないっていう人は、絶対この「旗掲げシンドローム」にかかってる気がする。
大きい夢とか人から評価される、そういうものじゃないと好きとかやりたいものじゃないって思ってる気がする。

大概くだらないんだよね、本当に。
新しい病名でました、旗掲げシンドローム。
「旗を掲げよう!世界を変えよう!」みたいな。

旗掲げシンドロームから抜けるにはどうしたらいいの?

それから抜けるには、それこそ私とか見てもらうといいんじゃないですか。
くだらないことに全力で遊ぶ姿とか、本当にもうスモールスモールなこと、そして大概何にも繋がらないから。

それでいいんですよ。
もうそれが楽しいから、何も繋がらないのになんか繋がっちゃうんですよ。


いずれ無駄と思えることでも聞いてたら楽しい。
こういうこととかそうでしょ?

たぶん私の今の全力っぷりを見ててウケるでしょう?
きっとウケると思うんだよね。
こういうことです。

でも楽しいと人ってさ、結局集まってきちゃうじゃん。
そうするとまた「新しいものを一緒に作ろうよ」とかさ、なんか新しいことが始まったりしちゃうわけよね、結局。
意図してなくても。


人の気が集まるで「人気」って書きますからね。
人の気が集まるって、人の気ってどういうところに集まるのかって、楽しいところに集まるんですよね。

人の気が集まったら何でもできると思いません?
だって人の気が集まったら才能も集まるし、人の気が集まったらコミュニティができるし、人の気が集まったらお金も集まるわけでしょ?
そしたら色んなことができる訳じゃないですか。


幼稚園児の実験してた話のデータを見たことがあって。
5歳児ぐらいの子供におもちゃを渡して、ある子がそのおもちゃで遊んでたの。

そしたらみんなが寄ってきて「それで遊びたい!」ってなって、同じものを渡したんだって。
同じものなのに、結局その子の所にまた集まってきちゃうんだって。

同じものを渡してるんだよ?おもちゃ。
結局そのおもちゃで一番楽しく遊んでる人のところに集まって「それが欲しい!」ってみんな言うんだって。

自分も持ってるのに、その子が持ってるものを、同じものなのに「それが欲しい!」ってその子のところに集まってきちゃう。
何でかって言ったら、その子が楽しそうに遊んでるから、それが欲しいわけよね。

そういうことなんですよ。
だから同じものを渡しても、平等にしてもダメなんですよ。

これって結局、気分の問題だから。
それぞれの気分の問題だから、条件を同じにしちゃっても何にもならないんだよね。

なんか今みんな同じお金にして、ベーシックインカムとか色々あるじゃない。
みんな同じお金にして平等にしてとかって声をあげてるけど、そんなことしたって結局意味ないよって思うわけ。

同じ条件で同じ平等にしても、結局その気分とか心っていうのは人によって違うわけだから。
それで満足するのかしないのかなんて、そんなことやってても何もならない。

逆にそこまでされちゃって「不幸」って思ったら、もうそれ以上取り付く島もないやん。
それ以上できることがないやん。

だって同じおもちゃまで渡されてるのに、これ以上できることないやん。
それでも「自分のおもちゃは最悪」って思うその気持ちを変えないとダメだよねっていう。

隣の芝生が青く見えるはこれですね、確実に。
他人が全員素敵に見えるフィルターは、隣の芝生が青く見えるのと一緒だね。

そうなのよ、いや私もね、自分がこうやって思いっきり自分の人生っていうのに意識を向け始めて、やっと分かりましたよ。
憧れてたのは、あの人になりたいんじゃなくてあの人達が楽しそうだからだったんだっていう。

だから別に同じことがやりたかったわけじゃなくて。
それこそおもちゃを持てば楽しくなれると思ってたんだけど、全然違ったわけですよね。

自分のおもちゃで楽しく遊んでたからあの人が素敵に見えたし「あの人のおもちゃが欲しい」と思ったんだけど、そうじゃなかったっていう。

例えばだよ、例えばだよ、ほんと。
私の周りで言うと、さやちゃん(吉野紗弥佳さん)とかアイキン(樺澤愛さん)とかもそっち系なんだけど、お家のインテリアとかに対してのエネルギーが、すごい楽しそうなのよ。

インテリアに拘ってアンティークのものを揃えたり、雑貨とか置物とか置いたりしてさ。
「いいな」って、昔は無条件に「私もそれやろ」ってやってたのよ。

そういうのを見ると「あぁ、自分もそういうお家にしたい」とか「そういう風にしていこう」と思ってたんだけど。
私は根無し草タイプなんで、ホテルとかでいいんですよね。

その場所に留まって確固たるものを作るとか、あんまりそんなタイプじゃないから興味ないのに、その人たちを見て「あぁ、自分もやろう」ってやっぱり思っちゃうのは、楽しそうだからなんですよね。

私はスナフキンみたいな人なんで、別に家をガッツリ整えてとかっていう人じゃないんですよね。
でも最近のさやちゃんのお家とか見ると「可愛い、素敵だな」って思うので。

自分も昔は「素敵だな」って思ったら、もうとにかく自分も可愛いアンティークの物を集めたりとかしたら、そういう素敵さが手に入ると思ってたんだけど。

なんで惹かれるかって言ったら、楽しんですごい好きでやってるから、もうトキメキが伝わってくるから「いいな」ってなるんですよね。
インフルエンサーを楽しんでる人ですね、確実に。

楽しんでる人が、結局影響力を持つんですよね。

例えば逆バージョンもあって、私がこんなに楽しそうに話すから、この意識の話を昔はアイキンも「講座とか開かなきゃ」みたいなので頑張ろうとしてた時期があったわけですよ。

あの人、全然そんなの興味ないわけで。
でも何でそうなってたかって言ったら、私がすごい楽しそうに話してるからですね。

私も人のお家を見て「私もお家をちゃんとしなきゃ」って思うのは、そのお家のインテリアをしてる人がめっちゃ楽しそうにやってるから。

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