【ハッピーちゃん】欠点は愛されポイント!欠点への枠が外れると見える世界も変わる

HAPPYさんこと、竹腰紗智(前田紗智)さんがお話していた内容を文字起こししています。

心が苦しくなった時や辛い現実を変えたいと思った時に、スッと気持ちが楽になると思いますので、ぜひ読んでみてくださいね。

今回は、2020年1月22日のお話し内容です。

この記事の内容は、HAPPYさんの愛の計らいによって著作権フリーとなっているため、共有させて頂いております。

目次

【ハッピーちゃん】欠点は愛されポイント!欠点への枠が外れると見える世界も変わる

私は女子に生まれてなくて時代が違ってたら、髭生やして洞窟の中にいそうなタイプなんですよ。
この頭の中の内容でいくと。

アイキン(樺澤愛さん)は何でパワフルかっていうと、この人は私の話すこういう内容には興味がないけど、意識状態は私と似てるところにいますね。

自分自身でもよく言ってるけど「何か起きても何ができなくても、私とか家族とか友達とか本当に深く信頼できる人かいるし、何でもいいよね」っていうところに立ってるんですよ。

だから色々とチャレンジしてるけど、それが成功しようがどっちゃでもいいんですよね。
その辺は、私と同じなんですよ。

コケようがコケなかろうが、契約金払って「できなかったな」ってなっても何でもいい。
信頼がありますね。

だから人にも世界に対しても、信頼が強い。
それはソースとの同調ですね。
「私は私である」っていうところがあるから、結局その信頼感が出てくる
っていう。

ちょっと違うかもしれないけど、行き着く先は結局ソースとつながって信頼感が世界にあってっていう状態で、「どう転んでもいいよね」っていういうところでやってますね。

それが私の場合は、もうちょっと局地的に突き詰めて研究してるっていう感じですね。
あの人は「その都度自分がどんなことを感じて」とか、全然そんなの興味ないからそんな事はしてない。


私は新しい自分の気持ちとか、感じ方を発見していくのが面白い。
どっちにしろ、この現実っていうフィールドを使って遊んでるっていうところには変わりがないですね。

あとソースとの同調。
「私は私」
っていうところも同じです。

2人とも意識を拡大しているけど、興味の在り方が違う。

そうなんですよ、全然違います。

結果に執着しないところも一緒ですね。
世界に対して信頼があるんで、自分の結果に執着しなくなりますね。

「執着しないでおこう」とかっていう感じじゃなくて。
「何が起きたって大丈夫」っていう。

アイキンの頭の中が、どう変化していったかを話します。
例えばだけど、最初はメルカリで何か売ってたりとか、子供服を売って百円単位のものを稼いでたわけね。

あの人の場合は、私が先にこういう研究を始めてるから、この研究を基に私が枠外しをしてる感じ。
あの人はすぐ外れるんですよ。
それは、エゴキンマンがほとんどいないからだと思うんだけど。

千円くらいで最初はだるまを売ってたんだよね。
でも売れないわけよ、千円くらいで。

子育てしながら労力と材料費とか考えたらね、「やっぱりもう、こんなことやってられない」みたいになるんだけど。
そこで「自分だったら、いくらだったらこういうのを買うの?」みたいな。

「8千円でも私は好きだから買う」って。
当時は地域のマルシェに出してて、「そのマルシェでは、みんな千円ちょっとくらいでやってるもん」みたいな。

「別にそこのマルシェで絶対売らなきゃいけないことはないよね」って。
これは枠外しですよね。

そうすると「確かに」って言って。
地域のマルシェで売る必要がない。


千円ちょっとで売ってたけど「自分だったら8千円でも買うっていうんだったら、絶対その値段つけても大丈夫だから」って。
自分で買いたいっていう値段なんだから、それ。

そこでまた、枠が外れるわけ。
会話しながら「自分がどの値段だったら買うのか」とかって聞いていくと「千円くらいじゃないとダメ」「地域のマルシェじゃないと売れない」とかっていう枠が、外れていくわけよね。

怖さはもちろん感じてるけど、「じゃあ、8千円で売ってみよう」って実際にすぐに行動に移せるのは、エゴキンマンが少ない人だからです。

こういうのを地道に一個一個枠が外れていって、今現在って感じ。
エゴキンマンがいると「無理無理」ってなるんですよ。

あと「すごく大きい出来事だった」ってよくご本人が言ってるけど、「ケチ」って言われるのをすごい嫌がってて、当時。
「ケチで貧乏神が付いてる」みたいに、ギャグでみんなに言われてて。

私からしたら、それめっちゃおいしいネタなんだよね。
「人の欠点っていうのは愛されるポイントだから、おいしすぎる」って言って。

「それもう、めっちゃ人気出るやん」ってすごい横で提案してた。
「絶対言いたくない」って言ってたんだけど。

結果そのことをブログに書いたら、すごい人気に火がついたんだよね。
それも枠外しじゃん、一個の。

「自分はケチでダメだ」って思ってる枠の中にて、それが「面白くて愛されてずるい」っていう私の捉え方がある。
そうすると外れるわけやね、「ケチで愛される」みたいな。
欠点って愛されポイントですよ。

だから私は、当時はめっちゃ怖かったけどあれを出したんですよ。
ハッピーちゃんの秘密っていう。
汚い自分の家の姿をね、ちょっと晒してみたんですよ。

これ、めっちゃ愛されポイントになりましたからね。

何でこれを出したかっていうと、2千人とかのイベントをガンガンやってる時期で「日常の暮らしとかもきちんとして綺麗な所に住んで」みたいに思ってる人が多くて。

いや私も「そういう華々しい結果を出してる人ってそうだ」と思い込んでたから、自分があの汚い部屋で2千人も集めてるっていう現実に自分でめっちゃウケちゃって。

「これを出したら、めっちゃみんなの勇気になるな」と思って。
その思いでやったんですよ。

カレーとかね、鍋ごと食べてたじゃないですか。
「自分だったら、これ見たいな」と思って。
そういう人のそういう姿。

だから「出してみよう」と思って。
結局自分のニーズに応えるために、あれを出したんよね。
そしたらめっちゃ沸いたんですよ。

「あれ可愛い」みたいな感じで。
「勇気になった」とかっていう意見を、すごい貰って。

「まぁ、これ私だもんな」っていう感じでぺロッて出してみたらすごかったから。
おいしいんですよね。


だからあの行動によって私も自分の中で「マジで欠点って愛されるやん」っていう枠が外れて、許可が下りた。
だから、愛ちゃんにバトンを渡したんよね。

「いや、欠点って愛されるから」みたいな。
「じゃんじゃん出した方がいい」って言って。

だからもう今自分の中で、隠したいものっていうのが結局なくなっちゃったわけですよね。
だってもう面白いんだもん。
出せば出すほどに、なんだか愛されるというこの不思議な現象。

一応ね、私のやってることってスピリチュアルに入るのかしら。
スピリチュアルとか唱えてたら「愛と感謝と光」みたいなイメージがあるけど。

そっちじゃない私がいざそのジャンルの発信者になってみて、例えば狂気的な部分とか普通は隠したいやん。
「愛と感謝と光」とか、私絶対言わないやん。

不動明王の話とか狂気的なところとか、私も経験値が低かったら出せないと思う。

もう「そういうところこそが、私の面白さ」みたいな。
今はそんな感じになってるから、ケロッとして喋っちゃうね。

「燃やします、切り裂きます」みたいな。
やばいよね。

「器が大きい人に見られたい」とかも昔はめっちゃあったけどさ、私があまりにも器がちっちゃいからアイキンに「ペットボトルの蓋」ってよく言われるんだけど。

もうそれが、私の売りですね。
欠点をギャグにして面白さにしてます。


楳図かずおとか園子温とか、怖い映画が大好きですね。
それこそ「これが自分の型なんだ」みたいな感じに思ってるから。

そもそも「自分は穏やかな人間だ」とか謎に思い込んでたし、「優しい人間だ」とか思ってたし、「根アカだから暗い話は好きじゃない」とか謎に言い放ってたし。

なんだったんですかね。
全部隠したがってたね、色んなこと。

ちょっとしたお笑い芸人の気質が入っているのかもしれない。
「ウケたら勝ち」みたいなところがあるかもしれん。
「おもろかったらええやんけ」って。

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