【ハッピーちゃん】人の目を気にする根底にあるもの!どこかに正解があって、誰かの目を気にしている

HAPPYさんこと、竹腰紗智(前田紗智)さんがお話していた内容を文字起こししています。

心が苦しくなった時や辛い現実を変えたいと思った時に、スッと気持ちが楽になると思いますので、ぜひ読んでみてくださいね。

今回は、2020年1月15日のお話し内容です。

この記事の内容は、HAPPYさんの愛の計らいによって著作権フリーとなっているため、共有させて頂いております。

目次

【ハッピーちゃん】人の目を気にする根底にあるもの!どこかに正解があって、誰かの目を気にしている

私は今、笑わないという決断をしている。
私は今、不機嫌だという選択をしている。

私が決めた。
今日は朝起きないと私が決めた。

何でもいいんですよ。
私が決めた。

だからまた、パラドックスなんだけど。
自分の人生なんですよ。
自分の人生だから、人のせいにしない。


自分の世界で起きていることで、他人のせいで起きたことなんていうのは一切ないんですね。
自分が引き金を引いてるんで。


なんだけど、そもそも、人のせいにするということも私が決めてしまえばいい。
これで言葉に騙されないで、人のせいになってないよね。

この問題に関しては、「私は人のせいにすると私が選択してこう決めた」ってやってしまえば、人のせいにするっていうこと自体も私が決めちゃってるから。

いいんですよ、人のせいにしたら。
私が決めたんだから。


それを、意識的にするってことですね。
今までは、人のせいにするのを無意識でやってたじゃないですか。

結局自分が決めてやってるんだけど、もっと意識的にね。
「私が決めた」を主語にしたら、何もなくなりますよ、ダメなことが。

「私は今、怒り狂うと決めた」って言った瞬間に、怒ってるんだけどなんか気分いいからね。
パワーがあるから。


「どうしよう、どうしよう、こんなに怒っちゃって」は気分が悪い。
「私が今、その怒りを選択してる」って決めた方が気分がいい。

これを理解してからね、話の入り方が全然違うと思う。
「そういう意味で言ってたんや」みたいなことがあって、結構話が入っていくと思います。

結構今まで、その前提で全部喋っちゃってたから。
「私が決めてるっていうのは前提である」と思い込んで、私が喋っちゃってたんですよ、5年間。

だから、そりゃいろいろ食い違いが起きたりするよな、と思って。
でも、ここだけ握っといてもらえれば。

「全部私が正解で、決めてる」っていう意識で、昔の話を聞いていただくと、「めっちゃ意味分かる」ってなると思う。

全部ぶっ飛ばせるよね。
「私が決めた」にしちゃうと。

「私が、今この瞬間に選んでる」にしちゃうと。

だからよくあるじゃん。
「そんなダメ男と付き合って、あんた幸せになんないよ」みたいな。

「え、どうしよう、そんなダメ男の人と結婚したら不幸になっちゃうのかな」とかって。
もう、そういうのやめてね。

「いや、私が選んだ男なんだから、もう幸も不幸も全部引き受けます」ってしちゃったら、気分いいからね。
気分いいし、清々しいよね、かっこいいじゃん。

腹に力が湧く。
「私が決めたからこれでいく」って。


そして、間違ってたり失敗したりしてもいいの。
私がとにかく選択して決めたことだから、やってみる。

間違ったらその時考える。
その時、私の正解でまた動く。

それでいいじゃん。

これで解決されると思います。
「私が決めた、私が選択した、私がこう決めた」ってずっとやっていくと、人の目が勝手に気にならなくなるはずです。

力強さが戻ってくるんで。
人の目を気にしないようにっていうメソッドをやるより、「私が決めた」をやり続けたら、人の目が勝手に気にならなくなるはず。

「何であんなことで悩んでたんだろう?」って、なると思うよ。
結局人の目を気にするっていうのは、「どこかに正解があって、誰かの目から見た正解でなきゃいけない」っていうのが根本にあるから。

それがなくなっちゃうね。
「私が正解」に、本当になっちゃうから。

「嫌われたくない」も、なくなってくるはず、これやってたら。
この意識で生きていると。


これは、ソースとの同調ですからね。
ソースは、「全部自分で決めてる」っていう感覚ですからね。


剣と鏡と勾玉が、三種の神器じゃないですか。

剣っていうのが「私が決めている」っていう、自分が幸せになるための覚悟。
だから、勇気ですね。

剣が勇気。
自分の人生を自分のものにして、切り開いていくっていう剣。

そして鏡。
鏡は自分を写す。

私とは何か。
存在そのものである。
すべてであるもの。


私とは存在とは、成功そのものである。
幸せそのものであり、豊かさそのものであり、すべてであるもの
なんですね。

それを思い出すのが鏡ですね。
成功しに行くんじゃない、幸せになりに行くんじゃない。

そもそも、それそのものなんだから。
それを感じられなくなっている、邪魔しているものを取り除いていく。

じゃあ、その邪魔しているものを取り除くをお守りが、勾玉ですね。
勾玉は、蓮の上に乗って大いなるその幸福の流れ、ウェルビーイングに身を委ねる。

だから言葉で言うと、剣が勇気、鏡が叡智、もしくは知恵、勾玉が信頼。
自分がその瞬間に必要なこの三種の神器を、使い分けていけばいいと思う。
「今、私に必要な三種の神器は勾玉やなぁ」みたいな。

え、「自分で選択して決めるのが当たり前じゃん」って思ってたから、結果がどうであれ、後悔や、やり直したいと思うことが一個もない。
なんでかな?と思ってたけど、全部自分で決めてきたからだったんだ。

こういう系の方、何人かいたんよ。


そもそも「自分で決めてる」っていう感覚があって、「幸せになるために」って走り回ってない、みたいな。
でも、こういう系の方で陥ってるのが、ラムダ現象ね。

頑張りすぎてしまう、動きすぎてしまう。

そういう人に必要な要素っていうのが、信頼ですね。
勾玉です。

信頼は何かっていうと、今のこの瞬間に何も問題はないから、そんな何かに向かって走り続けなくたって、とにかくリラックスして呼吸してソースと同調することが大事なんだっていうこと。

昔の私みたいに、「〇〇をやったら幸せになれるんじゃないか」「〇〇が起きないように、これやっとこうかな」って、ビクビクビクビクしてしまっている人に必要な要素は、剣ですね。
「自分で決めている」っていう、この意識、勇気。

そしてすべてを網羅できるのが、この世のすべてを思い出す鏡ですね。
叡智です、知恵そのもの。
「そもそも私はすべてであった」っていう。

世界に対しての信頼ですね。
自分の世界に対する信頼。


「行動することで何かが起き続ける」っていうのは、まだそっちを信じてるから。
何よりも大事なのは呼吸とリラックス。


ご自身の状況とその時の状態に合わせて、この三種の神器をうまく自分で使い分けていただけると、すごくいいんじゃないかなって。
「あ、今必要なのは勾玉やな、呼吸しよう」「今の私に必要なのは、私の世界というものに対する信頼」って。

「あー、また怒られるかもしれない」「あー、また遅刻しちゃうかもしれない」「あー、また嫌な会場にいかなきゃいけない」そんなことを思った時は、「私が嫌だと思う会社に行く決断をしたんだ」って。

あなたに必要なのは、剣です、勇気です。
自分が決めているという覚悟です。


そして定期的に思い出していただきたいのが、鏡ですね。
一番大事ですね、これはね。

そもそも論、私はすべてである。
成功そのものであり、幸せそのものであり、豊かさそのものの存在である。


ピタッとはまりましたよね、これ。
一日のうちでも、使い分けが起きるんじゃないでしょうか。

家にいる時と会社にいる時と、通勤途中だったらまた違うでしょうし。
カフェにいる時と友達とご飯している時と、また違うでしょうし。

これ思い出しやすいよね、すごく。
「よっしゃ、今、剣」「よっしゃ、今、勾玉」みたいな。
「さあ、鏡だ」みたいな感じ。

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