【ハッピーちゃん】頭の中で縛っているルールをすべて解き放とう!

HAPPYさんこと、竹腰紗智(前田紗智)さんがお話していた内容を文字起こししています。

心が苦しくなった時や辛い現実を変えたいと思った時に、スッと気持ちが楽になると思いますので、ぜひ読んでみてくださいね。

今回は、2019年12月19日のお話し内容です。

この記事の内容は、HAPPYさんの愛の計らいによって著作権フリーとなっているため、共有させて頂いております。

目次

【ハッピーちゃん】頭の中で縛っているルールをすべて解き放とう!

ストレッチをしてる時に、柔らかい方がいいっていうルールにしちゃうと、自分の全然気持ち良くないところまで頑張り始めるでしょ。

でもストレッチって何かって言ったら、自分の骨盤、骨の形に合った、気持ちよく伸ばせる場所は何かを自分で探さなきゃいけないのが、ストレッチなんですね。
これは、ストレッチっていうのを、自分の型にしてるバージョンだよね。

でもストレッチの型に自分が入ってしまうと、習っている先生と同じぐらいの体の柔らかさにならなきゃ、とか、同じくらい足を開かなくちゃ、とか、そうやって自分じゃないものに合わせていく作業が入る。

これは、ストレッチを例にした話ね。
なんか、全部を自分の型にしちゃう、自分仕様に。

なので、その観点で私は、夜に歯を磨かないだけです。
だから私は、私の自国でこれを文化としてやってるだけなので誰にも強要しませんし、誰かに歯を磨けとか、あーだこーだとかって言われても、「うちの文化なんで」っていうことで終わらせてるわけですね。


この話って100点症候群と一緒ね、結局。
「私が世界基準」の話とたぶん一緒。
違うアプローチをしてるだけで。

型を変える決定権も、私が持っている。
だから、基本私は夜に歯を磨かないけど、なんだか知らないけどたまに磨く時もあるんですね。

自分でもよく分かりません。
なんか知らないけど、たまに磨いている時もある。
「夜は磨かない!」とか、決めてるわけではないんですね。

自分の中でルールを生み出して、「磨かなかった自分…」とかっていう、ちょっとした罪の意識とかマジいらないっていうだけなんで。
その都度変わるから。

憲法改正も自分で決めるんですよ。
自由って本当に気分いいですよ。


頭の中でこのいろんなルールをなくすって、すごい気持ちいいですよ。
本当にルールって、すごいストレスかかるから。


逆に、自由な中で決断して動いたことに関してはストレスじゃないから、何が起こっても自分の責任で解決しようっていう。
なんて言うか、自然にそう思える。


自分の気持ちいい場所を探す。
自分の心地が良い着地点を見つける。


この作業って、自分にしかできないじゃないですか。
それは人によって全然違うし、その自分の心地いい着地点と自分の気持ちいい場所が、どこにあるかっていうのを見つけていった時に、それがあなたの型ですよね。

例えば、「甘えはダメ」とか「依存がダメ」とか言うけど、1回そのルールさえいらなくないですか?っていう提案です。
甘えだろうが依存だろうが、その瞬間自分の中でそのルールを撤廃しちゃえばいいじゃないですか。
それがダメっていう法律はないから。

「清く、正しく、美しく」っていう幻想をまずね、お捨てになった方が本当によろしいですよ。
全然、「清く、正しく、美しく」にはならないから。

いい気分は前向きな気分でもありませんし。
ネガティブな気分を許容した時点で、もう、いい気分なんですよね。


抗わない、抵抗しない、戦わない。
「清く、正しく、美しく」みたいな幻想が、戒めのルールみたいなものをいっぱい作ってくるんですね。

やっぱり「清く、正しく、美しく」な人は、頭の中もスッキリしていてお部屋が綺麗とか。
「何でも整理整頓されている」とか「親との関係性もきちんと処理されている」とか。

そういうことは、ない、ない、ない、ない、全然ない。
前向きなのがいいとかね。
それから発生したルールが、けっこう埋め込まれてたりして。

感謝がいいとか。
確かに感謝が湧くことは素晴らしいんだけど、そんなにさ、感謝が湧かないとダメっていうルールはいらないよね。
湧いた時に自然に「ありがたいな」って思えるのが自然なことで。

まあこれは、昔の私ね。
感謝できない自分がよろしくない、それこそ、また人格問題の観点に立って、「結局、感謝ができてないから私はよくないんだ」とかね。

自分を律してるルールがなくなって、自由を感じて、気分が良くて。
そうすると、自分で決めるっていう決断力も出てくるから。

そうなったらね、当たり前だけどね、自然に感謝も湧いてきちゃうんですよ。
感謝しようとか、思わなくてもいい。

なので結局始まりは、クズとゲスを認めるところからですね。
これも、ただの提案です。

頭の中のルールを書き出してみると、おもしろいかもね。
大概その「〜しないといけない」っていうところから、できなかった時に、無意識に自分にジャッジが入るから、気分がその瞬間悪くなってるはず。

家族が多いと、家族のルールがある。
どうやってルールを変えたらいいの?

ごめんなさい。
これは見えるもののルールのことを言っているわけではなくて、頭の中で縛られているものの話です。
頭の中。

あなたが自分を戒めて、頭の中で「ダメ」ってやっていることを、私はたぶん100% OKにしてます。
でもその、OKにする理由はないんですよ。

ただ、「それでよかったんだ」って5年前に気づいたから、そうしてるだけで。
〇〇をクリアしたから、そうなったわけじゃなくて。
何の理由もなく、もうOK にしてるだけですから。


そうです、「寝る前に食べたらダメ」とか、そういうルールです。
深夜2時に、カップラーメンが食べたくなる時もあるやん。

そんな時にさ、罪の意識とかいらないわけよ。
「買いに行こう」「食べよう」で、私は終わるんですよ。
「美味しかった」みたいな。

それで翌日に胃もたれしても、「夜中の2時に食べたしな〜」みたいな。
自分の自由の中で決めて食べたことだから、暗い気持ちにならないんですよ。
ただの胃もたれですよ。

こういうのも、「OK 」にしている人もいれば「絶対ダメ」ってしてる人もいて。
その理由って、その人が許可してるか、してないか。

ただ、それだけの違い。
なので、全部自分の型にしていってください。

すぐにできるようになったのですか?

エイブラハムの本を読んですぐにできるようになったのは、親のことでしたね。
私のこの、親から来てる人格問題が、けっこう最大のことだったので。

かなり、人生のネックになってたことだったので、これに対しての許可が一番最初にできましたね。
「このままで行こう」「親との関係が悪いままでいいや」みたいな。
その後に「物事を自分の型で決めていこう」って見始めたら、いろいろと気付くようになりますね。

体が苦しいと、後悔して「やめておけばよかった」ってならないの?

私は今のところ思わないけど、その、後悔しちゃいけないのは何でなのかな?って思うんですよね。
後悔するっていう一つの経験も、地球に来たんだから何回もしたらいいと思いません?

後悔しないように生きるんじゃなくて、自由に気分よく生きて、その時何か起きて後悔するような出来事があったんだったら、その時に後悔したら「後悔した」という経験が1個できるだけで。

何でもよろしくしちゃえばいいね、自分で。
1回もね、地球に生まれて後悔しないで死ぬよりか、何回か「後悔」っていう経験をして死んだほうが、おもろくない?


歯医者だって、私は虫歯で何回か歯医者に行くという経験をして良かったと思ってる。
いや、「1回も虫歯にならないで死にたい」って思ってる人がいたら申し訳ないけど。

あの世に歯医者はないわけだから。
それも、なんか経験やん。

全部ホームランを打ち続けるっていう人生より、いろんな経験とかいろんな体験があって、人生を人間として楽しむ方が豊かじゃないでしょうかね。

イヤな気分にずーっとならずに死ぬよりか、むちゃくちゃイヤな気分を何回かを経験して死ぬ方がいい。
だって向こうの世界で、イヤな気分になれないんだもん。


「全部、今これは、後悔体験中」みたいな。
「絶賛、後悔中」とかさ。

後悔しないって、ちょっと面白くないんじゃないでしょうか。
「後悔しちゃダメ」とか「甘えちゃダメ」とか「依存しちゃダメ」とか「怒られちゃダメ」とか、それがあるとすごいいきなり怖くなっちゃうんだけど。

「後悔する体験」とか「甘える体験」とか「依存する体験」とか「怒られる体験」とか。
「死ぬまでに1回も、後悔っていう体験をせずに死ぬよりかはいい」とか、そういう考えにしたら面白いと思うんですけど。

「〜しちゃダメ」っていう、頭の中で縛り付けているルールを1回全部、解き放ってください。
その時に、「解き放てない」っていうのも、ダメなわけじゃないでしょ。

もう全部が、ダメじゃないの。
やめるの、それを。

「清く、正しく、美しく」を意識してた時、私は怒れない人だったんですよ。
怒れないから、眉間にシワが寄ってたんですけど。

かなり気性が荒いですからね、私。
そういうのも、何でもOKにしちゃったの、もう。

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