【ハッピーちゃん】今の自分に合った段階を踏もう!真理の言葉は波動が高い

HAPPYさんこと、竹腰紗智(前田紗智)さんがお話していた内容を文字起こししています。

HAPPYさんは、2014年からエイブラハムの引き寄せの法則を自らの人生で実験し、自分を生きることの大切さを伝え続けています。

壮絶な生い立ちやいじめられた経験などで自分に自信のない状態から、どうやって満たされた人生に変わっていったのか、詳しく具体的にシェアしてくれています。

出版されている本を読むと、さらに具体的な実践方法を知ることができますよ!

今回は、2020年10月24日のお話し内容です。

この記事の内容は、HAPPYさんの愛の計らいによって著作権フリーとなっているため、共有させて頂いております。

目次

【ハッピーちゃん】今の自分に合った段階を踏もう!真理の言葉は波動が高い

今日は珍しく、テーマみたいなのが2つも浮かんでるんで。
それについて喋ろうかな、と思って。

いつも思いつきなんだけど、今日は2つあるんですね。

1つがですね、これ結構キテるんじゃないかなって思うんですけども。

やっぱりパワフルになってくるんですよね、皆さん。
見ての通り、みんな。

まず自分への否定がなくなる時点で、ボルテックスに近づくじゃないですか。
ボルテックスのエネルギーの場所があって、それがから自分の真ん中なんだけど。

めちゃくちゃ自分のことを否定したりとか罪悪感に苛まれてる時っていうのは、ものすごい真ん中から離れた場所にいて。
否定がなくなってくると、どんどん真ん中に近づいてくるわけですよね。

自分のことを否定しているより、人のせいにして怒っている人の方がパワフルなのは、そっちの方がボルテックスに近い場所にいることになるので。

自分のことを否定して憐れんでいる人の方が、道徳観念的には素晴らしいとされている社会ではありますが。
ところがどっこい。

人のせいにして怒り散らしている人の方が、ボルテックスの場所からは近い場所にいるので。
そっちの人の方が「人間的にどうなの?」って感じなのに、運気は良いんですね。

劣等感を感じてるより優越感に浸っていた方が、ボルテックスにもちろん近い場所なのでパワフルです。

それでもいいんですよ。
でもそれをやり尽くしてきた方も、中にはいると思う。

たぶん、何もなかったと思うんですね。
「なんか虚無感…」「何で幸せじゃないんだろう?」「手にしたのに、何なのここの場所…」
みたいな。

そういうのが起きてるのは、こういう理由ですよっていう。

ところがどっこいでしょ?
そういう意味で良い人の方が、運気が良いと思ってなかった?
私は思ってたけど。

何で私の方が人に気を配って自分のことを蔑んで、すごい謙虚に生きてんのに。
何で当たり散らして怒ってる「人間的にこいつどうなの?」って思う人の方が運気が良いんだって、私は思ってましたよ、昔。

それはボルテックスの場所の、距離の話でしたね。


自分の感情の中で比較した場合に、自分のことを否定しているよりかは、もちろん怒りの方がパワフルなんだけど。
でも人に撒き散らして気分が良いかって言ったら、気分の良さは一瞬だけですよね。

転換が起きたことへの喜びは、すごく感じてほしいんですよね。
悲しみから怒りに変わって、自分の中でボルテックス近づいてるこの感覚は、捉えてほしいんだけど。

もっと真ん中に行けるわけですよね。
今日は、そんな話なわけですよ。

そうやって否定がなくなって、ボルテックスの場所に近い状態で過ごす時間が増えると、自分から出る周波数自体も変わってくるんですね。
変容してくるわけですね。

今まではどっちにしろ、初動の回転数っていうのが小さかった。

自分を否定してボルテックスから外れている場所にいた時は、自分の「ない」に目を向けてフォーカスをすることも、「ある」にフォーカスすることも、どっちも微弱なエネルギーだったわけですね。

それがボルテックスの場所に近いヘルツに変わり出すと、エネルギーが強くなってる状態なんで。

「ある」に目を向けるのも「ない」に目を向けるのも、これはもうどっちが良いとか悪いとかは言えないですけどね。
一長一短ですね。

どっちも強くなっちゃうんですよね。
どっちも強くなるんですよ。


自己否定が強い時に、今この瞬間の「ある」に目を向けても、まだボルテックスから離れてる周波数が高めなんで、あまりエネルギーが強くないんですけど。

でももっとボルテックスに近い状態のヘルツに変わり出すと、「ある」に目を向けた瞬間にいきなり感謝で細胞がざわつく、みたいなことが起き始めるわけですね。

逆もあるんですよ。
「ない」にパッて目を向けた時の初動のエネルギーも、大きくなるっていうことも覚えておいてください。

なんかこう、わっ!って。
「魔が差す」っていう語源は、私はこの状態から来てるような気がしてるんですけど。

魔が差すんですよね。
今まであったものが、何もなかったかのようになってしまうんですよ。


このパワーが強い状態で「ない」にフォーカスをかけていくと、あったものがめちゃくちゃあったのに「もう全てがない」みたいな風になるの。

その時の心の声とかって、もう心の声とかじゃないから、全然。
冷静さを失ってる。

エゴキンマンにやられてる。

正気じゃないから。
一旦本当、落ち着いた方がいい。


望みを出すっていうのは、すごい大事なんだけど。
あまりにも「ない、ない、ない、ない」の状態から、望みが出てませんか?って。

本当にあなたのその場所で、何もなかったんですか?って
あったものはあったでしょう?っていう。

そこに立ってから、望みだそうよ。
そうじゃないと、不足→望み→不足→望み、みたいな。

自分の中にパワフルさが出てくると、魔が差して一瞬で「ない」にフォーカスがかかりやすいっていうのを、覚えてた方がいいね。

すぐに、悪い意味での場転が起きちゃう。
「ない、ない、ない」みたいな。

ハッピーちゃんも、エゴキン会議しそうな時ある?

あります、あります。

でも、自分で分かってます。
私はもう、うわ!ってなるんですよね。

「なんやねん!」みたいな。
すごいなる。

でもまずは、自分一人でムカつくっていうことをやるね。

そうなの、無理やり持って行くんじゃないの。
ボルテックスの中の周波数って高周波だから、ベロベロベロベロ〜ン!て感じ。

効果音がなんか変だけど。
キュンキュンキュンキュ〜ン!みたいな。

ヘルツが高いわけよね。
本来はその状態だから。

シャンパンみたいな感じ、自分の中で。
静寂とかもシャンパンに入るんだよね、本当は。

周波数が微細で細かいんですよね。


1つの例でいくと、私のイベントで一番大事にしてたシーンのマイクがオフになってたっていう時の周波数って、効果音で言うと「どよ〜ん」みたいな。

「どよどよどよ〜ん」っていう、このヘルツの波があるんよ。
そのヘルツの波と、さっき言った「キュンキュンキュンキュ〜ン!」っていうヘルツの波は、あまりにも違いすぎるから。

「どよどよどよ〜ん」っていう時に「キュンキュンキュンキュ〜ン!」っていう言葉とかエネルギーを受け取ったりすると、「痛い!」ってなったりする。

これは何かって言ったらね、エネルギーの差なんですね。
「痛い!」みたいな。
なんか否定されてるかのような感じがする。

回転遊具の話を私、よくするんだけどさ。
公園の回転遊具で最初ゆっくり回してる時って、めちゃくちゃゆっくりじゃん。

だからゆっくりの時って、縄跳びみたいな感じで入りやすいわけよね。
「いーれて」みたいな。

ぐるぐる回してて10回転ぐらいした時には、結構高速回転になってるでしょ?
そこで「いーれて」とか言っても、「痛い!」みたいな。

「乗れない!」みたいにならない?
そういう感じ。

回転数が遅い時っていうのは、ジョインしやすいわけよね。

だから逆に言うと、その場所から回転数が似てるところの考え方とか思考を採用して、回転数を上げていったほうが早いっていうことです。

でも深いところでみんな、回転数が一番早いものっていうのが自分の中の本当の真実であり、正解だっていうのが分かってるから。
なるべくそこに行き着こうとするんよね、先に。


でも自分の今いる回転数からすると、早すぎるから。
弾き飛ばされるから。

それは一旦置いといた方がいいよっていうのが、私の持論です。

例えば自分のことで言うと、感謝とかね。
私あまり感謝とか、そういうことを言う人じゃないんですけど。

よくあるじゃない?
「感謝しよう」って。
「ありがたいっていう気持ち」とか。

仙人とかさ、いろんな宗教とかでも言われるわけじゃん。
「ありがとうっていう気持ち」みたいなことをさ。


どこかでそれは真実であるって、分かってるけど。

だって「ある」に目を向けたら「ありがたい」しか湧き上がってこないのは、当たり前だけどそこが元々の場所だから。
みんな知ってるんですよね。

その教えとか内容自体が「そうだ」っていうのが分かってるからこそ、高速回転なんですね。
その内容自体が。

私は昔「どよどよ〜ん」っていうヘルツの場所にいて、回転が遅かったんで。
そういう内容に関して、すごい拒絶反応があったね。

なんか否定されてる感じ。

何が起きてたかっていうと、エネルギーで弾かれてたんですよね。
早すぎて。

でも自分の中の深いところでは、それが正解だって分かってるから。
「そうしていきたい」とも思ってしまう。


でもその回転数の早さのことをやろうとすると、今の自分からすると比率が違いすぎて弾かれて。
自己否定に入って、ますますヘルツが下がって痛い思いをする、みたいな感じなんですよ。

だから私は「そんなもん、できるわけねーだろ!」っていうところから、始めたんですね。
これを理解して、「なるほど」って思って。

真理の言葉は、ヘルツが高すぎるから。
自分に合った感じで、階段を踏んでいけばいいんだっていうのが分かったんで。

その場所から一番近いところの私の階段としては、「ありがとうなんて、言ってられるかよ!」みたいな。
その考え方が、その時の私の場所から一番近い周波数で、ボルテックスに入る足かけになった。

無理に「感謝しよう」ってやって、その高速回転のヘルツで弾き出されて自己否定に入るより、「やってられるかよ、感謝なんて」「そんなもん、必要ねえだろ!」ってその時はやった方が、階段を登れてボルテックスに近づいた、と。

その状態で動いてると「ある」に目を向けられ始めて、「あれ?」みたいな。
なんか「みんな優しいなぁ」みたいな。

そこからの「あれ?なんか世界が優しい」「何だかありがたい」みたいな。
それでだんだん近づいていくと、その人はこう言い出すわけですよね。

「感謝っていうのは大事ですね」っていうこと、言い出すわけですよ。
こういうこと。

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