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[森友問題]赤木さんの手記に残る6人の実名!自殺に追い込んだ恐ろしい経緯!

森友問題の公文書改ざんを強要され2018年3月に自殺した近畿財務局の赤木俊夫さん。

財務省や近畿財務局の対応に不信感を抱くようになったという赤木さんの奥さんが、遺書と手記の公開に踏み切りました。

奥さんは真実を明らかにするため、国と佐川氏に対して1億1200万円の損害賠償を求める裁判を起こしています。

今回は、赤木さんが自殺まで追い込まれたひどすぎる経緯や、手記に残された6人の実名などについてまとめて行きたいと思います。

赤木さんが残した遺書と手記

赤木さんは、2018年2月から自殺をする直前までの経緯をA4で7枚にまとめ、手記をパソコンに残していました。

https://twitter.com/
その手記には、財務省のこれまでの説明とはまるで違う、とても信じられない「改ざんの真実」が記されていたのです。

また、手書きで遺書も残しており、佐川氏の命令だったと名指しし、「NOを誰もいわない」「最後は下部がしっぽを切られる」と訴えていました。

https://twitter.com/

手書きの遺書には、

佐川理財局長(パワハラ官僚)の強硬な国会対応がこれほど社会問題を招き、それにNOを誰れもいわない
これが財務官僚王国
最後は下部がしっぽを切られる。
なんて世の中だ、
手がふるえる、恐い
命 大切な命 終止府

引用元:週刊文春

と震える文字で記されていました。

反抗する赤木さんをねじ伏せるため、財務省が近畿財務局に圧力!

赤木さんが公文書の改ざんを指示されたのは、2017年2月26日だといいます。

そして、3月7日ごろに再び修正作業を指示された時、赤木さんは「現場として私はこれに相当抵抗しました」と記しています。

その際、赤木さんは楠(敏志・近畿財務局)管財部長に報告し、当初は「応じるな」との指示を受けたのだそうです。

ですが、本省理財局中村総務課長や田村国有財産審理室長などから楠部長に直接電話があり、楠部長は応じることはやむを得ないとして美並(義人)近畿財務局長に伝えたのだといいます。

赤木さんは楠部長から、美並局長が本件に関して全責任を負うとの発言があったと聞いたと記しています。

つまり、赤木さんの抵抗に対して財務省から近畿財務局に圧力がかかり、改ざんの指示に従わざるを得ない状況になった、ということです。

近畿財務局では平気で改ざん処理を行う幹部も!

財務省の圧力によって改ざん処理をせざるを得なくなった近畿財務局でも、信じられないようなことを口にする幹部もいたと赤木さんの手記に暴露されています。

本省からの出向組の小西次長は、「元の調書が書き過ぎているんだよ」と、本省杉田補佐の指示に従い、あっけらかんと修正作業を行い、悪いことだと思っていない様子だった。

引用元:週刊文春

小西眞・管財部次長は、理財局との調整役となって全体像を把握して改ざん作業に従事した人物だとされています。

大阪地検特捜部は事実をすべて知っていた!

赤木さんの手記には、さらに衝撃的な事実が残されていました。

なんと、「大阪地検特捜部はこの事実関係を全て知っています」と記されていたのです。

大阪地検特捜部といえば、森友学園の国有地払い下げ問題や、公文書改ざんについても捜査していたはずです。

佐川理財局長の立件も視野に入れていたはずなのに捜査は尻すぼみになり、フタをあけてみると佐川氏どころか財務省関係者は全員不起訴処分となりましたね。

大阪地検特捜部はこの時、「証拠がない」「立証が難しい」などと散々言っていましたが、実際は佐川理財局長の命令のもとに公文書の改ざんが行われた事実を、すべて掴んでいたのです。

官邸が大阪地検特捜部に圧力をかけ、操作をストップさせた

事実を知っていたのにもかかわらず、大阪地検特捜部がこの改ざんを立件できなかったのは、官邸から圧力がかっていたからでした。

現在「官邸の番犬」と呼ばれている黒川弘務・東京高検検事長の定年延長が問題になっていますが、当時法務省事務次官だった黒川氏が官邸からの意志を受けて捜査ストップに動き、当時大阪地検特捜部長だった山本真千子と裏取引を行ったという情報もあります。

財務省には触れず、近畿財務局に責任を押し付け!

官邸と検察上層部の間では、財務省ではなく近畿財務局に責任を押し付けようとするシナリオが進んでいたと言われています。

赤木さんもこうした動きを察知し、このままでは近畿財務局と自分が「改ざんの主犯」として責任と罪を押し付けられると怯えていたのでしょう。

2017年12月末、赤木さんのもとに検事から電話があり、その後赤木さんは奥さんに対してこう話していたそうです。

検察は恐ろしいとこや。
何を言っても思い通りの供述を取る。
検察はもう近畿財務局が主導して改ざんしたという絵を描いている。
そのストーリーから逃げられない。
ぼくが何を言っても無理や。
本省の指示なのに最終的には自分のせいにされる。
ぼくは犯罪者や。

引用元:週刊文春

財務省から「文書は保存してない」と説明するよう指示があった

2017年4月、実地検査の際に森友学園の土地取引関連の文書を出すよう求められましたが、近畿財務局は法律相談の記録を検査結果が国会報告される前日まで提出しませんでした。

なんとこれは、財務省が命じたものだそうです。

赤木さんも手記で

法律相談の記録等の内部検討資料が保管されていることは、近畿財務局の文書所管課等の全ての責任者は承知していた
応接記録、法律相談の記録等の内部検討資料は一切示さないこと、検査院への説明は文書として保存していないと説明するよう事前に本省から指示があった

引用元:週刊文春

と明かしています。

ところが、その内容が明らかになり国会で追及が始まると、安倍政権と財務省はすべて近畿財務局の責任にしたのです。

安倍政権と財務省に対し、赤木さんは「明らかに虚偽答弁」と指摘していますが、この頃には政権内には「すべて近畿財務局のせいにする」という暗黙の了解があったのだといいます。

そして3月7日、赤木さんは「本省がすべて責任を負うべき事案ですが、最後は逃げて、近畿財務局の責任とするのでしょう」と記し、自殺を遂げてしまいました。

赤木さんの自殺が3月9日に報じられると、その日のうちに、理財局長から国税庁長官に栄転していた佐川氏が辞職し、10日には財務省は改ざんを認める方針を固め、12日には改ざん前文書を公開することになりました。

赤木さんは「ぼくの契約相手は国民です」が口癖だったそうで、涙を流してまで改ざん行為に抵抗したのだそうです。

赤木さんの手記に残された6人の実名

赤木さんは手記のなかで「刑事罰、懲戒処分を受けるべき者」として、

・佐川理財局長
・当時の理財局次長、中尾睦
・中村総務課長
・当時の国有財産企画課長、冨安泰一郎
・田村国有財産審理室長
・杉田補佐(悪い事をぬけぬけとやることができる役人失格の職員)

として具体的に述べています。

財務省の改ざん指示した幹部は、刑事罰どころか出世していた!

その方々がその後どうなったかというと、全員が不起訴に終わっただけではありませんでした。

・佐川理財局長(停職・3カ月相当)
・当時の理財局次長、中尾睦(戒告)
・中村総務課長(停職・1カ月)
・当時の国有財産企画課長、冨安泰一郎(減給20%・3カ月)
・田村国有財産審理室長(減給20%・2カ月)
・杉田補佐(戒告)

刑事罰に問われても不思議ではないのに、このような軽い処分で済んでいるのです。

それどころか、佐川氏は改ざんに手を染めたあとに国税庁長官に中村総務課長は駐イギリス公使に栄転していました。

赤木さんの様子の変化

赤木さんの奥さんによると、赤木さんはとても明るい人でよく笑う人だったといいます。

https://twitter.com/

亡くなる前までの赤木さんの様子について触れていきます。

  • 2017年2月26日、池田靖統括に呼び出され登庁する
  • 2度文書改ざんに抵抗したが逆らえず、手伝う
  • 6月23日、赤木さん以外、全員異動になる
  • 6月28日、18:30に特捜部が来庁し、「自分は狙われている」と発言する
  • 7月15日、精神科を受診し、うつ病と診断される
  • 7月19日、震えが止まらず顔が真っ青。「森友のことだけのことやないんや」と発言
  • 7月20日、病気休暇
  • 検察の捜査で、自分1人に証拠隠滅の罪を着せられるシナリオが見えて怯える
  • 12月25日、ドクターストップにも関わらず、久保田検事から通電。20分の事実上の聴取
  • 妄想で「玄関の前に検察がおる!」と叫ぶ
  • 3月2日、朝日新聞の森友文書改ざん報道で、夜中にロープを持って「死ぬ」と言うが妻が止める
  • 3月3日、「山にいるからメールしないで」と妻にメールするが妻が連れ戻す
  • 3月6日、「死ぬところを決めている」と再び山へ行く
  • 3月7日、妻の出勤時にいつもは「いってらっしゃい」なのに「ありがとう」と言う
  • 同日11:45、妻がメールで「大丈夫?」に「はい」と返事するも、その後返信なし
  • 妻が急いで帰るも自宅で首吊りしていた。

赤木さんの奥さんは記者に遺言を渡して自分の自殺するつもりだったそうです。

ですが、度重なる財務省の不誠実な対応を受けて、夫の死を無駄にしたくない思いから真相を明らかにするために裁判を起こすことを決めたのだといいます。

この問題が、このまま闇のまま葬られていいわけがありません。

そもそもことの発端は、安倍昭恵夫人が明らかに関わっている問題に対して安倍首相が「私や妻が関係していたということになれば、私は間違いなく総理大臣も国会議員も辞めると国会で宣言したことです。

その発言を守り抜くために周りが必死に忖度をした結果、大切なひとりの命が奪われたのです。