【エイブラハム】思考を止めると奇跡が始まる


いつも虹のLIFEのチャンネルをご視聴いただき、ありがとうございます!
エイブラハムの言葉をチャネリングできる、エスターヒックスさんのワークショップの内容を日本語に翻訳しています。
エイブラハムの引き寄せの法則について詳しくない方にとっては、少し分かりにくい内容かもしれません。
今いる場所や状況によっても捉え方が変わってくると思いますので、人それぞれ自由に解釈して頂けたら幸いです。
エイブラハムの書籍がたくさん出版されていますので、そちらを読んでからご覧頂くことをオススメします。
ぜひ、宇宙の叡智に触れて、いろんなメッセージを受け取ってくださいね。
ワークショップの内容は、ガイドラインに従って共有しています。
また、当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。
【エイブラハム】思考を止めると奇跡が始まる



今日の前半で瞑想について少しお話しされていましたよね。
私も以前に何度か試したことはあるんですが、いろいろな理由があって続きませんでした。
でも最近また始めています。
それに以前「やり方を間違えることはありません」とおっしゃっていましたよね。
でも、ときどき「ちゃんとできていないんじゃないか」と感じることがあるんです。
こういう感覚、伝わりますか?
ところで、あなたが瞑想をしたい理由は何ですか?



私はいつも気分よくいたいんです。
そして、自分のソースエネルギーとつながっていたいんです。
そのつながりを実際に感じたいんです。
瞑想していないときでも、その感覚を感じていたいんです。
つまり、そのつながりをいつも感じていたいんです。
瞑想をすれば、その感覚につながれるようになるんじゃないかと期待していました。
先ほど私たちが、エネルギーの流れについてお話ししたのを聞いていましたか?
本当にソースのエネルギーと同調しているとき、その感覚はとてもささやかなものだとお伝えしましたよね。
つまり、エネルギーが強く流れているように感じるのは、波動が急に高まったときか、あるいは急に下がったときなんです。
そういうときにこそ「エネルギーを感じる」という感覚が強く現れるのです。
ですから、これは今日ずっとお話ししてきた「ステップ1はステップ1、ステップ3はステップ3」という話にもつながっています。
このことについて私たちが一番お伝えしたいのは、もし私たちがあなたの立場だったら瞑想を実践する理由は、ステップ3をより大きく活性化させるためだということです。
ですが実際には、多くの人は答えを得たいと思って瞑想したり、自分がソースとつながっていることや、自分には価値があることを確認したくて瞑想したりします。
でも、本来の瞑想の目的は、心を静めて抵抗をすべて止めることです。
そして抵抗がなくなると、自然に波動が高まり、それこそが究極の許容の状態なのです。
ですから、人が「瞑想がうまくいっていない」と感じるのは、瞑想の目的が自分の中で少し混ざってしまっているからではないかと私たちは思います。
私たちが瞑想を勧める理由は、純粋に前向きな思考を持つことを教えるよりも、何も考えない状態になることを教えるほうが簡単だとわかったからです。
つまり、悩みのあるテーマを気分のいい状態へと持っていくことを教えるよりも、まず心を静めることを教えるほうがずっと簡単なのです。
それは、とても良い橋渡しになるのです。
では、私たちならこう進めます。
まず、長い時間を確保しようとはしません。
なぜなら、あなたの思考の仕組みは、考えることにとても敏感に反応するよう訓練されているからです。
ですから、それを長時間止めようとするのは自然なことではありません。
その代わりに、15分だけ時間を取ってください。
そして、毎日続けることをおすすめします。
なぜなら、その展開は少しずつ進んでいくものだからです。
座ったら、目的はただ心を静かにすることです。
でも、誰かと口論した直後に座っても、心は静かになりません。
あるいは、コンピュータープログラムの作業をした直後でも、心は静かになりません。
ですから、たくさん考え事をする前の時間を選ぶと、ずっとやりやすくなります。
通常は、朝早い時間のほうがおすすめです。
夜や疲れているときに瞑想する人もいますが、そのまま眠ってしまうことがあります。
それも意識が引っ込む状態ではあり、エネルギーが整えられる時間ではあります。
でも、意識的に心を静め、抵抗のない状態がどんな感覚なのかを意識的に味わうことで得られる恩恵とは違います。
ですから、ただ座るだけでいいのです。
そして「以前うまくできなかった」ということは考えないでください。
こう思ってください。
「ここに座って、リラックスして、静かにして、できる限り心を静めてみよう。間違えることはないのだから」と。
つまり、多くの人は思考をいきなり止めることはできません。
それもまた自然ではないのです。
ですから、たとえばカーペットの模様を見つめて、その模様を目でゆっくりなぞってみてください。
そうすると考えはしていても、それほど多くは考えていませんから、思考がやさしく和らいでいきます。
あるいは、水道のしずくが落ちる音に耳を澄ませてもいいでしょう。
ホテルの部屋では、エスターはエアコンの低い運転音に意識を向けることもあります。
ただ、何も考えずに意識を向けられるものに集中するのです。
そうしていると、やがて「切り離されたような感覚」を感じ始めます。
13分や14分座っていても、その感覚を味わえない日もあるかもしれません。
でも、その状態をほんの数秒でも感じられたなら、それで十分なのです。
特に始めたばかりの頃は、それだけで十分です。



やっぱり、自分がちゃんとできているのかがわからないんです。
というのも、何を感じればいいのかがよくわからなくて。
感じるべきなのは「切り離されたような感覚」です。
このことはぜひあなたに伝えておきたいのです。
今こうして話していると、あなたのエネルギーからそれがわかるからです。
あなたは、とてもよくソースとつながっています。
エスターが初めて瞑想をしたときに有利だったのは、それまで一度も瞑想をしたことがなく、ソースエネルギーとつながるための音声などもまったく聴いていなかったことです。
ですから、思考している状態と思考していない状態との違いがとてもはっきり感じられ「自分の状態が何か変わった」ということを実感できたのです。
一方で、あなたのように私たちの音声を聴いてきた人や、すでにソースエネルギーとうまく波長を合わせられている人は、座って心を静め、ソースとつながったとしても、瞑想前と後の感覚にそれほど大きな違いを感じないことがあります。
だからこそ私たちは、ただリラックスして「今、自分は心が静かな状態にいる」と認めるだけでいいと言っているのです。
もう1つ役立つ方法があります。
特に昼間で眠ってしまいそうにない時間なら、ベッドに仰向けになって、マットレスが自分をやさしく吸い込んでいくように想像してみてください。
あるいは、自分が空飛ぶじゅうたんの上に乗っていると想像して、その感覚を味わってみてください。
つまり、魔法のじゅうたんが床に敷かれていて、まだ飛び立っていないと想像するのです。
そして、その上に自分が乗っているところをイメージしてください。
そして、そのじゅうたんが床からふわりと浮き上がる感覚を想像し、感じ取ってみてください。
特にあなたのように、すでに長い間ソースの波動と調和してきた人の場合は、そのようなイメージに意識を向けることで、もしそれを望むのであれば、その感覚をさらに深めることができます。
瞑想は、調和するための道具です。
そして、それを創造するために使うのであれば、それはもはや瞑想ではなく「創造のためのワークショップ」と呼ぶでしょう。
その目的や意味を理解することが、あなたの助けになると私たちは思います。



芸術的な表現や物語で伝えることについてはどうでしょうか?
これまで感じてきたネガティブな感情を、物語や絵画のような芸術作品として表現することについてはどう思われますか?
例えば、スティーヴン・スピルバーグは、映画「シンドラーのリスト」を制作していたとき、きっとしっかりとソースとつながり、インスピレーションを受け取っていたのでしょう。
でも、彼が描いた物語は、人々をとてもつらく重い感情へと導く内容でした。
では、扱ってはいけないテーマというものはあるのでしょうか?
それとも、表現しながらソースとのつながりを保てるのであれば、どんなテーマでも表現していいのでしょうか?
でも、それをどうするかは、すべてあなたが選べることです。
例えば、ジェリーとエスターは、ときどき「どうしてあんなに激しくぶつかって痛い思いをするのに、フットボールをやりたがる人がいるんだろう」と不思議に思うことがあります。
それでも、その体験全体には何か惹きつけるものがあるので、その痛い部分ばかりに意識が向かないのです。
あなた方の世界では、芸術の分野において、長い間「哀愁」の価値が見出されてきました。
つまり、多くの芸術家は、人々の心に何らかの感情を呼び起こしたいと思っているのです。
そのような表現が大きな流れになっているのは、あなた方の社会には、自分の感情をあまり感じられなくなっている人がたくさんいるからです。
人は、自分が望んでいることを「実現できる」と信じられないとき、あるいは多くの人々がそういう状態にあるとき、自分の内側にとても居心地の悪い不調和を抱えることになります。
そして彼らは、「望み」をあまり意識しないようにすれば少し楽になれることを見つけました。
でも、その代わりに「感じる力」そのものまで弱めてしまったのです。
ですが、本来、人は何かを感じたい生き物です。
あなたは、生まれながらにして、この感情のガイダンスシステムを持っているのです。
だからこそ、ホラー映画や悲劇、あるいは暴力的な場面のように、自分ではなく誰かに起きている出来事であっても、そうした作品に惹かれることがあるのです。
つまり、人は映画館に入るときは、比較的いい気分でいるものです。
映画は彼らを恐怖や悲劇の世界へ連れて行き、とてもつらい気持ちを味わわせます。
そして最後にはまた気分のいい状態へ戻してくれるので、その感情の動きそのものに何か意味や価値があったように感じるのです。
だから映画製作者は今や経済の大きな一部となり、多くの映画館がたくさんの人で埋まっているのです。
この話について私たちがお伝えしたいのは、あなたは今、1つではなく複数の質問をしているように感じるということです。
ですから、まずはこちらの質問からお答えしたいと思います。
もしあなたがそうしたドラマに出演していて、自分の役をよりリアルに演じるために、過去の体験を思い出したり呼び起こしたりしているとします。
例えば、本当に悲しかった出来事を思い出して、自然に涙を流そうとするような場合です。
そのとき、その体験全体はあなたにとってどのような意味を持つのでしょうか。
つまり、それはあなた自身の波動のパターンにどのような影響を与えるのでしょうか。
もちろん、それはあなたの波動に影響を与えます。
しかし、それが役者として作品を完成させるための技術であり、望む結果を得るための手段なのであれば話は別です。
つまり、ソースとしっかりつながり、成功したい、観客に本物だと信じてもらいたいと思って、そのための方法として過去の感情を使っている役者であるなら、それは当時本当に泣いていた自分自身に戻っているのとはまったく違うことなのです。
ですから、私たちならあなたの波動について心配はしません。
まずお伝えしたいのは、あなたは間違えることはないということです。
それから、私たちは映画製作者を批判しているように聞こえてほしいわけでもありません。



もちろん、中には批判されても仕方のない人もいますが、それはそれですね。
私たちが、心の中に映像を思い描き、それによって感情が動かされるような仮想現実について話すとき、それは非常に強力な未来への下準備になっています。
何百万人もの人が映画館に座り、1~2時間にわたって映像や感覚、感情を体験すると、それはその人たちの未来の現実に影響を与えているのです。
つまり、人々はよく「芸術は人生を模倣しているのか、それとも人生が芸術を模倣しているのか」と議論します。
私たちは、多くの場合、特にこれだけつながりの強い現代社会では、芸術のほうがあなたの未来の体験を先に形づくっていると言います。
もちろん、芸術にもさまざまな形があります。
それぞれが全体のバランスに貢献していて、何に触れるかは一人ひとりが自由に選べます。
しかし、自分の未来を意図的に思い描いている人はあまりいません。
その一方で、映画館に座って映像を見ながら、未来の体験を無意識に思い描いている人はとても多いのです。
ですから、私たちが言いたいのは、もし私たちが映画を作る立場で、この時空間の現実をより良くしたいと思うなら、気分が良くなる映画を作るということです。



なるほど。
でも、人を元気づける作品である「サラのソロモン」の本でさえ、物語の中には葛藤がありますよね。
サラも途中では気分が落ち込み、とても苦しみます。
でも、その状態から抜け出す方法を学んでいきます。
失礼しました。
だって「鳥がさえずり、みんな幸せでした。みんな幸せでした」だけで始まる物語では、物語になりません。
言いたいことはわかりますよね?
「そしてみんな幸せに暮らしました」だと、それは物語の終わりです。
だからこそ、あなたはこの人生を体験するために生まれてきたのです。
つまり、私たちは今日ずっとお話ししてきました。
望まない出来事が望みを生み、その望みがエネルギーを呼び起こすのです。
そして、その次の段階。
「望みが生まれたら、それを受け取れる状態へ自分を整える」という部分が抜け落ちてしまえば、本当に大切なことは何も達成されません。
人に望みだけを持たせても、それを受け取る方法を知らなければ、あまり助けにはなりません。
望みを持つよう励まし、その後で、それを受け取れる状態へどう入っていくのかを教えるほうが、はるかに役に立ちます。
そして、おっしゃるとおり、多くの映画は実際にそれをしています。
まず問いを生み出し、そのあとで解決へ導いてくれるのです。



良い物語はみな、それをしていますね。
そうですよ。
本当にそうなのです。









